11.最果てはぼくのものだった

中忍試験・当日。シモクは里の門から受験生の頭部を眺めていた。新のように血継限界のないシモクにはチャクラの流れも見えやしない。ただ観察力に秀でたシモクだからこそできることもある。現にマークしているのは音忍というもの達。音隠れの里なんぞ、最近できたばかりの小さい集落紛い。そこから怪しい。そして最後は砂隠れの里。3人組の砂の額当てを確認。すぐに隣りの暗部に目で合図する。すると、頷いて瞬身で消えた。門を通過したことを報告しに行ったのだ。3人のリーダー格であろう赤髪の少年、彼が噂に聞く一尾の人柱力。

「要注意人物だな」
「……」

もう一人の暗部の男がそう呟く。シモクは無言の肯定を示しながら最終試験会場に目をやった。第一次試験は筆記試験だ。ただの筆記試験ではない、"忍らしく"試験を受けるのだ。思えば自分はあの頃、頭の回転がいくら早くても要領が悪かったから同じ班の新やオクラに迷惑をかけていた。そういえば、オクラには長い事会っていない。この前に一楽のラーメン屋でテウチさんと話しているのを見かけたくらいだ。土中オクラ。新やシモクのスリーマンセルのリーダーでもあった男。この班だけは女子がいなくてむさ苦しい班だったことを今でも覚えている。情に熱い男で、草むしりを面倒くさがるシモクを叱咤したこともあったくらいだ。拳を握って熱く語るその姿はマイト・ガイにも酷似していて(顔面は普通)てっきりそっちの親族かと思ってしまった。オクラはシモクが暗部に入隊したことを知っている。新伝いで耳に入ったのだろう、つかの間の休日で里をぶらぶらしていたところを奴の手でとっ捕まり、暫く尋問紛いなことをされた。相変わらず暑苦しい男だった。

「シモク、移動するぞ」
「!はい」

物思いに耽り過ぎた。続々と続いていた受験生達は里に散り、門は閉鎖されていた。それを見届けてから人目につかないように一気に会場に飛ぶ。

「!!」

その時、鹿面の奥の瞳が微かに驚きに揺れた。自分が空を蹴ったのと同じ刻、シカマルが仏頂面下げて日陰の芝生の上に寝そべっていたのである。少し不機嫌そうに真一文字に結ばれた口は今にもめんどくせぇと溢しそうだ。こちらには気付いていないだろう相変わらず空をぼーっと見上げたままだ。

「…、…」

今すぐ側に降り立って中忍試験へ向けて応援の一言でも言ってやりたい。兄として、家族として応援してあげたい。ただ、任務に私情は禁物。長らく見ていなかったシカマルは随分と逞しい少年になっていた。カカシの言った通りだ。

「……」

本当に、大きくなった。弟の成長を真近で見れなかった。修行も、見てやれなかったし相手もしてあげられなかった。シカマルは自分の事などもう忘れているかもしれない。数えたらシカマルは12歳。最後に顔を見たのはいつだっただろうか。そうだ、アカデミー卒業の夜だ。

「シモク?」
「、すまない」

先を飛んでいた暗部がこちらを振り返る。

「なんでもないんだ」

そう言ってシカマルから視線を外した。こんな自分が今更。いつからか自分を卑下して。弟の純粋な瞳に自分を入れないように。穢れきった自分がその瞳を曇らせないように。それが、今のシモクにできる精一杯のシカマルへの思いだった。



雲がまだらにかかる青空。今日もなんの特別もなく空はいつもと変わらない。今日が中忍試験だと思えないほどののんびりとしたいつもの朝である。結局、ずっとなんパターンか考えていた修行方法がいくつか潰れた。兄、シモクがいなければ成り立たない確率の低い方法だった。暗部にいても、必ず週に数回は部屋に戻ってきた痕跡があって。でも残っているのは少しだけ体温を残した暗部の服だけで。着替えを取りに戻ってはすぐに外へ出て行ってしまう。本当なら。我儘を言うなら、兄に修行に付き合ってもらいたかった。一度だけでもいい。あの大きな手で"強くなったな"……そう言って欲しかったのかもしれない。最後に見た兄は血塗れで、ただ面の奥の瞳が寂し気に揺らいでいたのを覚えている。今思えば多分、あの兄のことだ。祝えなくてごめんとか、そんな類の事を考えていたのだろう。そんなこと、どうでもいいのに。ただ無事で。生きて帰ってきてくれれば十分なのに。いつ死んでもおかしくない、生死がかかった戦場に身を置く暗部。どんなに血に塗れようが、生きてさえいてくれたら十分。それだけなのに、どうも素直になれない性分のシカマルは本音を兄にぶつけることも、ましてや、会うことさえ叶わない状況に置かれているのだ。

「シカマル!アスマ先生が呼んでるよ」
「チョウジ」

チョウジが細い目を更に細くして微笑んだ。昔ながらシカマルの友であるチョウジ。チョウジもシモクのことは小さな時から慕っている。シカマルの5歳の誕生日の時、シモクが初めて一人でケーキを作った。その味見役に抜擢されたのがチョウジで、不器用だったシモクは何度も失敗しては残ったものをチョウジに譲っていた。その時から食べることが大好きなチョウジはその譲られたものをいつも笑顔で平らげた。素直に美味しかったのだ。不恰好でも。気持ちが込められたそのケーキは、とても美味しかったのだ。自分に兄がいたのなら、こんな感じなのかな。なんて。シカマルが少し羨ましいな、なんて思ったりしたことがある。

「シモク、見てるといいねぇ」
「……どうせ任務入ってるだろ。暗部に休みはねぇって新さんも言ってたろ」
「でも可能性はゼロじゃないでしょ?シモクのことだから普通に観客席に座ってそう」
「……」

腕をまくらにしていたシカマルはゆっくりと身体を起こした。これから試験だっていうのに。

「シモクは、きっと何処かでシカマルのことちゃんと見てると思うよ」
「…行くぜチョウジ、遅れたらいのが煩さそうだ。」

チョウジは知っている。シモクがきっとどこかで自分を見ていてくれていると、信じている。なんでもないように立ち上がって、シカマルはチョウジを追い越して歩きはじめた。その向こうにできた影は寂しそうで。いつからこの兄弟は仲違いし始めたのだろう。気付けばあんなに見慣れていた名物とも言える兄弟2人の姿も、めっきり見なくなって。見るのは一人、いつもどこか寂しそうなシカマルの背中だけで。どこにいても耳に入るシモクの腹の底からの声はどんなに感覚を澄ましても聞こえなくて。ただ、静寂が広がるばかりだ。

「…」

お願いだからシモク、シカマルにちゃんと向き合ってあげて。青い空を仰いだチョウジはそう口には出しようのない言葉を空に投げた。




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