115.無自覚にも心酔
嫌な予感がした。物凄くだ。敵の罠にハマったらしく、封印札を剥がした途端これだ。己の分身……いや、分身なんてレベルではない。自分の技量そのままだ。速く戻らなければならないというのに……っ!敵ながらやるな。完璧に分断されたのだ。
「……あいつ、なにかしてるんじゃないだろうな」
……俺とうとう本気で死んだのか?あれ、すげえ。天国だ。俺天国に行けるほど良いことした覚えないけど。
「あ、動ける」
歩ける。どこまでも行ける。すげえ、なんか楽しい。周りは一面真っ白なのに、スイスイと足が進む。気分がいいなあー。なにか背負ってた重圧が一気に削げたような。……なにを背負ってたんだっけ。俺なにしてたんだっけ。
「なんか……大事な事をしていたような」
はたと足を止めた。俺、なにしてたっけ。一度瞬きをしたら、風景が変わった。
『呪印は怖くないよ。ほら!俺も!な!』
『……うん』
悲しそうな顔。呪印?呪印てなんだ?
『新、頼んだよ』
頼む……なにを?何をだよ。俺になに頼んだんだ。俺は……
『ネジを……頼むよ』
ネジ……
『なあなあ!ネジ!俺、ネジ大好きだ!』
ネジ……
『わかったわかった』
……日向ネジを、託されたのは俺だ。俺は戻らなければならない。なに簡単に投げ出そうとしたんだ俺は。毒如きなんだ。俺の覚悟はそんなものじゃねえ。ふざけんな、ふざけんなよ俺。馬鹿野郎が、なに呑気に寝てやがる、俺にはまだ……!
「……やるべき事がたんまり残ってんだろーが」
「新さん!」
目が覚めた。俺はサソリの毒で見事に三途の川を渡り始めていたらしい。目の前のサクラがほっと肩の力を抜いた。
「!!サクラ!サソリは……っ!」
「サソリなの……」
「は?なにが……?」
「新さんに解毒薬打ったの…サソリなの」
…馬鹿な……そんな筈が。だってそんな、メリットがなにもないじゃないか。ババアの傀儡、白と黒の無数の傀儡達が無残に砕けた岩場に引っかかっている。きっとこの天井の穴はサクラが開けたのだろう。多分。その光の元に、ババアの最初に出した傀儡。「父と母」の間に倒れるサソリがいた。2本の剣がサソリの本体を貫いている。もうチャクラも見えない。チヨバアの勝ちで……赤砂のサソリは死んだんだ。
「サソリは……新さんにこう言ってた。」
「痩せ我慢……か。クク。まぁそいつは痛覚が死んでいるのかなんなのか……傀儡らしいぜ。得意の解毒薬も尽きたってことだな。」
笑わせる。額に手を当ててサソリは渇いた笑いを見せた。感覚がなくとも確実に侵食し、体の自由を奪うのが毒というもの。新は毒に負けたのだ。気力だの根性だのでどうにかなると思ったなら大間違いだ。
「……くだらねぇ」
新の頭上で溢れた言葉。サソリはすぐに分かった。この男は自分と同じであると。唯一無二の者を亡くし、己の命や身体すら執着がなくなった。寂しいと嘆く人間であると。人はいつか死ぬ。馬鹿げている。芸術とは朽ち果てることのない永久の美だ。だから、俺は求めて……この身体を手に入れた。
「……馬鹿だな。お前。俺のコレクションになる資格がねェ」
口元に手を当てれば既に虫の息だ。このまま放置すれば、あの小娘が解毒薬を作る前にくたばる。ババアも、このまま何も手を打たない筈がない。必ずなにか仕掛けてくる。
「……たまには作るか」
その前に無駄なことをしてみよう。傀儡でもない。朽ちることのない、俺の作品を。
「日向新……か。」
忍の世界で俺達みたいなのはゴロゴロいる。だがなんだろうな。お前は、別の何かを感じる。俺になる、近しい素質というのだろうか。傀儡の体でない癖に傀儡のような。心の蔵の何処かがカラのような。まるで俺と真逆だ。
「はっ、悪くねぇ」
暁に入ったのだって、理由はごく簡単な事だった。里を抜けて己の芸術を磨いて。小南に勧誘された。勝負に負けた俺は奴の言う事を聞き入れた。それだけだ。人間の分岐は数多だ。いいだろう、俺はお前を認めたのだ。傀儡の体を持つ俺より傀儡らしいお前を。
「精々足掻いてみろ」
情けなく倒れ伏す長髪の髪を持ち上げて首元に解毒薬を打ってやった。息を吹き返す姿に何故だかここ一番、満たされた。自分でも気味が悪いほどに。
「……は、野郎に助けられたってか…しかも敵に」
赤砂のサソリ。お前は俺に似てる。あんたの場合は両親を失った心を持て余し、永遠をただひたすら求めた。朽ちることのない…その体は、本当は何の為だった?なにかに執着しなきゃ生きていけない。俺の場合それがネジだったんだ。ネジがいなきゃ……俺はサソリのようになっていたんだろう。確信できた。不気味なほどに。
「……サソリ。お前、死ぬの勿体無いぜ」
ピクリとも動かない緋色の髪は風に吹かれてサラサラと揺れる。父と母の傀儡に挟まれて。
「……感謝する」
お前がイイヤツとは思えないが、俺にとっちゃお前は命の恩人ってやつになるのか。こいつが何を思って俺の命を助けたのか。
「サクラ。カカシさんとナルトを追うぞ」
チヨバアは俺を見て目を細めた。まるで孫の姿を重ねるように。