10.さよならのスペル

「……中忍試験?」
「そ。あ、良かった。傷口塞がったみたいだね」

元暗部、はたけカカシは椅子に大人しく座っているシモクを見てそう言った。

「…たいしたこと無かったんですよ。出血が多かっただけ。貧血で倒れただけです」
「それを死にかけって言うんじゃないの?」

暗部の服じゃない。表側の上忍ベストに木ノ葉マークのついた額巻き。口元をマスクで隠しているのは変わらなかったが、太陽の元で歩くことが堂々と許される。そんなカカシはなんだかとても眩しく見えた。

「で、その中忍試験と俺になんの関係があるんですか」
「弟君の初舞台だよ?観に行ってあげないの?」
「卒業も満足に祝えず、約束破りした兄ですよ。今更…どんな顔で会えって言うんですか」

おめでとう、その一言さえ言えなかった。

「…シカマルはアスマが担当する第十班に配属、IQが非常に高く、稀に見る頭脳派の忍。中でも影真似の術は実に鮮やかだよ」
「アスマさんの?…なら安心です。これで俺も常日頃心配しなくて済みそうですね」
「…中忍試験当日には、他里の輩も多く木ノ葉に入る時期だ。暗部が試験妨害阻止を担当
するのは恒例だからわかっているね?俺は会場警備にお前を推す。」

特別上忍の権限のひとつである会場警備の暗部指名。本当なら全て火影が審査し、信用おける暗部の者を警備につかせるのが常識。だがカカシは違う。権限の一枠を賜ったのだ。つまり、大勢いる暗部の中から一人だけカカシが指名できる権利をもらったということ。その一人にシモクを会場警備に推薦したのだ。受験生とその大名や影が一箇所に集まる場所の警備は責任重大だ。もしなにかあれば木ノ葉の過失として里の信頼を落としかねない。

「なぜ俺なんですか。任務でいつもビビってる奴ですよ」
「お前の帰還運の良さは評判だよ。今回はビビるとかの問題じゃなーいよ。なにかあった時に、戦場に立ち続けられる忍が必要だ。」
「俺には無理です」
「無理じゃない。お前の有無は関係無い。これは任務、命令だ。」
「………カカシ先輩は相変わらずですね」
「なんのこーと?じゃ、そういうことだから。ちゃんと警備よろしく頼んだよ。」

あんまり時間がないんだからねー。そう言い、片手を振って消える様はいつかのデジャヴを感じた。シモクは椅子から静かに立ち上がった。鏡に映る自分を見つめる。正気の乏しい若い男がそのやる気無さ気な目を暗くしている。焦げ茶が所々に混じった肩にも着かない髪は前よりも雛段伸びたようだ。背格好も大分大きくなって、炎が刻まれた左肩は昔より頼りがいがある体格だ。ただ、心は全く成長しないまま、置いてけぼりにされていた。億劫だ。なにって、中忍試験の会場警備だなんて。もうここ最近ずっと太陽を拝んでいないこともあるが、先程のカカシのような眩しい人達の中へ紛れるなど、苦痛の極みだ。中忍試験…シモクは受ける事は叶わなかった。すぐに暗部への所属が決まったからだ。暗部と聞けば思い出す。片目を包帯で巻いた男、ダンゾウ。里の為ならどんな手段も問わない。火影に対しての敵対心は勿論のこと、なにをしでかすか解らない存在としてダンゾウは暗部の全権を握っている。シモクは里の為に、弟のためにダンゾウの出した提案に乗った一人の暗部を知っている。うちはイタチ。カカシが暗部を去ったその日からツーマンセルを組んだ同期生だ。彼は、シモクと同じ兄としての使命を果たした。…弟の生命と引き換えに、これから脅威になるであろううちは一族の殲滅。イタチが選んだのは、ダンゾウだった。木ノ葉の策では、必ず弟も巻き添えを喰らうであろう。その前に、己の手での一族の消滅を選んだのだ。その後、彼は抜け忍に。もう帰ってくることはないだろう。憎くない。それは大嘘だ。イタチをあんな境地に追い込んだのは紛れもなくあの男。自分が火影直属の暗部でなければ。その喉を引き裂いてやったというのに。


「砂隠れ…そんなに怪しいんですか?え?カカシさん」
「そりゃあだってねぇ、その受験生が人柱力って言うんだから警戒して損はないよ」

数年前の、お互いなんだコイツと思っていた2人が同じ上忍ベストを着て歩くその様は中々にシュールだ。暗部を引退してきたカカシと遭遇した時、物凄い顔で新が詰め寄ったのは今じゃ良い思い出だ。

「はーん…ぶっちゃけめちゃ可愛い子っすよ、ほら見てこの眼力」
「危ない目しちゃってるよ、むしろ睨んでるでしょ」

他里の受験生の資料をパラパラと捲って証明写真を凝視する。別にショタコンとかそういうのではないが、どうにも新にはこの少年に何かを感じるらしい。赤毛の髪、愛と印された額。写真からでもわかるほどに殺気を篭めて睨む双眼。黒い隈で縁どられたその瞳は一層大きく見える。この世をすべて憎むように。

「どこが可愛いの、ホント新ってわかんないよね」
「カカシさんの口元のほうがわかんないっすよ」

夏場は暑苦しいったらない。

「…あ。そうだ。カカシさん、元は暗部の出でしたよね」
「誤解招く言い方しないでよ、元暗部。出は普通にアカデミーだよ」
「中忍試験は暗部が場内警護ですよね?」
「そうだーね」
「その暗部はどうやって抽選されるんですか?」
「んー、基本的忍術に長けてる者、体術に秀でている者、能力が高い者達が選ばれるよ。
あとは…中々しぶとく生き残る奴…かな?」
「はぁ…、じゃあ厳しいかな」
「なにが?」

ため息をあからさまに吐き出してみせる新。顔を覗き込んできたカカシに新は第十班と話した内容を簡潔に話した。

「あー…そういうコト」
「あの子たち、すんげぇ落ち込んでたから…シモクが観てるってなれば頑張れるんじゃ
ないかなって思ったんです」
「それはいいことしたんじゃない?はっきり来ないって思わせるよりはね」
「でも暗部の任務って不定期じゃないですか。」
「まぁね」

カカシはあっけからんと答えて見せた。内心、ほくそ笑んで。今さっき懐かしの暗部の巣窟へ赴き、まさに話の当人と直接話をして会場警備を半ば強引に命令してきた、その直後なのだ。おかしいったらない。

「だから、シモクが会場警備は期待薄いかなぁーと」
「会場の外にいるかもよ?里全体に張ってるはずだから」
「中じゃないと意味ないんですよ」
「そりゃそうだ」
「からかわないでくれます?そっちこそどうなんですか、第7班。」

カカシが担当を務める第7班。うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケの3名で構成されている。まぁなんともあのカカシが面倒みるのに割りかし問題児の面々を3人纏めてくるとは。カカシも飄々としているが当初はかなり参ったんではないか。しかしなんだかんだ。あのアカデミー戻しのカカシがこの3名を中忍試験に推薦したってことは上手くやれている証拠である。きっとカカシの伝えたいことを汲み取ったのがナルト達なのだろう。だからこそ、第7班として認めたに違いない。

「ん?無理にとは言わなかったよ、なんたって試験はチームの力が掛かってる。誰か一人でも欠けていたら落ちるのは当たり前だ。」
「ストイックですねカカシさん」
「俺がナルト達に一番に教えた事だからね」

そう言って目許が緩んだカカシを尻目に新は砂の受験生の写真を再度見た。

「砂漠の…我愛羅か…」

その夜、新は上忍とは名ばかり、雑用にコキ使われていた。同僚達と今年度の中忍試験の準備をしなければならないのだ。去年、新はそれで5キロ痩せた。今年は何キロ痩せるんだと軽く冷やかされながらも資料に目を通し、ハンコを延々と押していく。ぽむぽむぽむぽむぽむぽむぽむぽむぽむぽむぽむ…。嗚呼、忌々しい。だがこれも大切な任務、中忍試験に失敗は許されないのだ。それにしてもくそ忌々しい。

「忌々しい…」

口から呪唄のように紡がれた言葉に周りにいた同僚達も顔はゾンビだ。なんせ昼からずっとこの作業だ。夜中だぞ夜中。もうかるーく日付け超えちゃってるんだからね。わかってんの?なんて火影に、しかも慈悲深き三代目には絶対言えるわけない。ネジの書類を見つけて気分もやる気も駄々上がる。わーいわーいネジだネジだー!!!!

「あ。ネジ発見、ネジだネジ」
「新ー。ちゃっちゃと腕動かせー」
「はーい」

まだ見てたのに。なんて思っていると下三番目からうちはサスケが出てきた。

「うわ、なんだこのイケメン、眩しい」
「あ?あぁ。そいつうちは一族の末裔だろ。」
「うちは一族?」
「昔はもっといたんだけど、…うちはイタチって奴な、そいつが一族皆殺しにして里抜け
した大罪人なんだ、ビンゴブックにも載るS級犯罪者。」

うちはサスケの兄、うちはイタチ。その話は木ノ葉では有名だ。木ノ葉とうちは。かつての戦友。初代火影の先手柱間とうちは最強のマダラ、彼らあってこその木ノ葉の里だった。ただ、うちは一族の威力が子々孫々と衰えることなくここまで来てしまった。里の脅威になる前に排除した。きっと、入り組んだ問題が多々あったことだろう。弟のサスケだけを残したのも、きっと。イタチという男は選択を迫られたのだ。聞けば暗部。里に関わることをダンゾウが取り零すわけがない。仕掛けられたのだ、なにかはわからないが。まぁ…いい話しじゃないことは明らかだ。

「ほら、手ぇ動かせー、このペースじゃ朝までかかるぞー」

うーっす。やる気のない返事があちこちから唸るように漏れた。ヤダヤダと足をバタバタさせていると頭をハリセンでがっつり殴られた。




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