共有できない苦しみ

突然だが俺の従兄である新という男は、度が過ぎる心配症である。忍であるのだから多少の無理や失敗は重ねて当然だ。だけどそれを差し引いても、不気味なくらい俺の怪我には敏感だった。

「え?なに包丁なんか握ってんの?え?飯の支度?誰もいないから?いるじゃん俺が。ハイそれ渡せ」

一番のトラウマは、俺がまだアカデミーに入りたての頃だったか。俺は断じて悪くは無い。悪い事はしていない。なのに何故かとてつもなく悪いことをしてしまったかのような雰囲気で包丁を取り上げられた。任務に出ていたはずの新は包丁を持った瞬間に俺の背後に現れ、言葉を投げかけてきたのだ。電気もつけずに瞳孔ガン開きの仁王立ちで。想像してみろ、具体的に。この世の終わりかと思った。

「いやー参ったよなぁ!まさかあそこで起爆札なんか投げてくる?こないよなぁー!あっはっはっは!」

その癖、自分の怪我には無頓着。吐血しながら帰って来た時は思いっきり引いた。頭から口からだくだくと血が滴り落ちているにも関わらず阿呆みたいに大口開けて。

「あー…はは…、戦争なんてダイッキライ」

片手で顔を覆って天井を仰いで笑う姿を眺めていた。新の両親は九尾事件で命を落としている。仲のいい親子だったと聞いている。任務はその記憶を抉り出していたんだろう。こういうことが度々あった。夜中に裸足のまま木の葉の墓園に向かったり急にケラケラ笑い出しては泣いて。なにが引き金なのかなんて分からない。

「はよー…ネジ。なんか俺の足の裏土で汚れてんだけどー。え?寝ぼけて庭に出てた?うわー酔ってたからかも」

……言えるわけない。本人が俺の前で弱音も昔話もあまりしないからだ。あいつが俺に知って欲しいのは、昔ではないから。だから、俺もなにも聞かなかったし、聞いてはいけないような気がした。新の奇行はそれだけには留まらず、シーツを引っ張ってきて赤ん坊を包むように抱いていたり、夜中に気配を感じて起きると枕元に座していた事もある。

「あれー?俺いつの間にネジの部屋行ってたんだろ。」

自覚はない。俺なりに修行の合間を縫って調べたりした。なにかの病気だったら即刻病院に突っ込む覚悟で。そして分かったんだ。ストレスやトラウマ。過去のビジョンを突然思い出すフラッシュバック。それと合併する夢遊病。……なんでもないように見えて。未だに新の傷は癒えてはいない。大切な肉親を奪われた辛さから、本人は気づいてないが立ち直れていない。思い込んでいるだけ。自分は大丈夫だと。

「今日のご飯はなににしよーかなー」

ぐいぐい引っ張るこの手を、この歳になっても振りほどかないのは、新がいつか本当に立ち直る事を信じているからだ。新は俺が傍に居るだけでよく喋るし、よく動く。料理もするし掃除もする。目が合ったら至極満足そうに笑う。自惚れではないが、俺がいないと駄目だと思った。俺がいなくなったらこいつは間違いなく、それこそ本当に後を追ってくる。自分の立場もなにもかも簡単に放り出す。次こそフラッシュバックなんて比じゃないだろう。

「なぁなぁ」

くるりと振り返って楽しそうに笑う。心の底がカラカラに病み切ってしまって、自分が夜中になにをしているのかすら自覚できていない従兄。同じ目を持ち同じ家系に生まれた。同じ呪印。籠の中の鳥。

「俺、ネジが大好きだ!」

新。気づかなくていい。今までお前に些細な事からなにまで守られてきた。俺は一回級特進の上忍になった。だから今度は、

「分かった分かった」
「あれ、うまく受け流された?」

今度はお前の呪縛を解いてやる。俺には目的があるんだ。俺の力で、救えるのなら救いたい。なにができるかなんて分からないが、きっと俺は新を支え続ける。この命がそれこそ吹き消えてしまう、その運命の時まで。




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