ありがとうを言い忘れちゃうんだよね

戦火に巻き込まれ、消滅していく生まれ育った里を遠くから見詰めた。忍五大国の戦争により弱小の里は次々と瓦礫の山と化していった。真っ黒な髪を灰混じる風に吹かせながら少年は消えることなく煌々と燃える里を見詰めていた。裸足の足裏が擦り切れていることにも頭から血が流れているのも全く感じなくて。

燃えていく燃えていく。

声を引くつかせて咽び泣いた。叫んだ。見上げた鉛色の空は、無慈悲だった。



「坊主。戦争孤児かァ?」

忍だ。その渦巻きのマークに木の葉の額当てとくればあの忍五大国の一つ、火の国だと分かる。何故こんなところに出現したのかはどうでもいいが、もう何日も食べていない少年にとって彼はやっと見つけた獲物だった。忍に勝てるなんて思ってない。運よく倒せたら生きてみよう。返り討ちにあったら潔く死を受け入れよう。二択だった。シンプルだった。親兄弟はもういない。帰る里もない。そんな自分がひと月も生きられるものか。これは賭けだ。研ぎ刃を取り出して駆けだす。

「うわあああああー!!!」
「おっと」

ひらりと躱され武骨で大きな手に掴まれた瞬間視界が回り、地面に背中から叩きつけられた。肺が圧迫されて息が止まる。研ぎ刃を取り上げられるといよいよエンドだ。賭けに負けた。やっぱり俺は死ぬ運命なんだ。忍になんか、勝てるはずなかったんだ。

「その面。顔隠しの里の人間だな。やはり戦争孤児。」
「…せよ……殺せよ。あんたなら俺を殺すなんて造作もないんだろ」

ぼやける視界で言葉を紡いだ。なに泣きそうになってる俺。もう何も残ってないじゃないか。俺には、もうなにも。それならさっさとあの世に行った方が楽だ。しかしどんなに待っても忍が手を上げることはなく、視界がやっと鮮明になった瞬間。

「いや。お前は木の葉に連れ帰る。」

その忍が笑った。

「連れ帰って、俺の息子にする」

黒髪の、木の葉の忍。

「一丁よろしくな」

男は汚れきった顔を片手で拭いながら力が出なくて立てない少年を担ぎ上げ、木々を飛び越え始めた。常人にはできない動き。忍は、やはり特殊だった。



「おーい。生きてるかァ?狸寝入りは狡くねぇかァ?」
「五月蝿え!」

目が覚めたら布団の上だった。おっさんの匂いがする。ぼんやりした頭で周りを見渡した。普通の民家だ。縁側のある一軒家だろうか。陽の光が差し込んできらきら輝いて……。なんだ、ここ。と思ってふいに隣を見たらにんまりと笑った顔が側にあって吃驚しすぎて布団を頭から被った。

「ここは俺の家。火の国、木の葉隠れの里だ」
「!!!?」

捕虜……?捕虜にされたのか俺は。聞いたことある。木の葉隠れは残忍非道な実験をしているって。そうか…俺を連れてきたのはその為か!

「まてまてまて。話をしようじゃないか少年」
「首掴むな!俺を木の葉の実験に使うんだろ!?俺が顔隠しの人間だから…っ!」
「そういうのは一切考えてない。」
「嘘つけよ。俺達の力を狙ってんだ。」
「あー…覚えてねぇかな?俺はお前を息子にする気で……」
「木の葉の噂は聞いてる。非道的な忍術を編み出しただけでなくそれを元株にした実験をしてるって」

忍界大戦では多くの忍が死んだ。忍はチャクラっていう特別な力を生まれながらに持つ奴らのことだ。そのチャクラを媒介とした非人道的な実験に手を出すのはより多くの敵を殲滅する為。里と国の生存を懸けた忍五大国の大きな大戦。領土拡大を理由にした各国の戦いだ。特に火の国木ノ葉隠れはその実験に力を入れていると聞いた。

「……否定はしない。だが俺は違う。俺はお前を引き取って、息子にする」
「それが訳分からない。」
「……まっ!今はいいや!よし坊主飯食うぞォ!手伝え!」
「ちょ、襟ぐり引っ張るな!」

明朗に笑うこの男は、本当に俺を実験台にすることも、木の葉の忍に明け渡すこともなく俺を息子として側に置いた。数日、数ヶ月。数年経ってしまえば、俺はその男を父親として受け入れた。人間の心理だ。

「お前は頭の回転が早いな。舌を巻くぞ」
「……忍の世界のことをどこよりも、誰よりも知っていたいだけだ。」
「一般人にしておくには勿体ないな…どうだ、忍を目指して見る気はないか?」
「お断りだね。誰がやるかよ」

男は俺の能力を買い、忍の道を推してきた。……誰がなるか、そんなもの。俺は忘れてない。忘れるものか。忍なんてものがいるから、俺の家族は死に、里も死んだんだ。忍なんてものが、あるから。

「はああ…年中反抗期ってのも辛いもんがある。怖いなァ、思春期」
「俺は忍にはならねェ。人を殺したり、里を壊したりするような奴らには、絶対にならねェ!!」

「忍を侮辱するな!」
「……っ!?」

突然の大声に背筋が思わず伸びた。なんだよ、急に。なんでそんな怒るんだよ。

「いいか、忍の全てが非道じゃない。忍とは忍ぶ、我慢する、そういう意味が込められている。耐え忍ぶ者。それが忍者だ、俺たちだ!」
「消えるかよ!俺は覚えてる!あんたがどれだけ償いとして俺を育てても、忍をかっこいいと召し上げても!俺は覚えてんだよ!クソが!!!」

辛かった。なにかが、物凄く。苦しかった。分からない程馬鹿じゃないから、すぐに悟った。分かってるんだ。あの人が他の忍と違うことくらい。分かってんだ。忍ってのは、馬鹿なくらい忠実で守るために存在していて。それでも、俺の中にある忍は常に悪だ。忘れられない。忘れちゃいけないから。だから、辛いんだ。「お父さん」の存在が、大きくなり過ぎた。あんな言葉、言いたかった訳じゃない。分かってる。分かってるよ。

「ごめん……なさい……クソ親父」

夕方、やっと勇気を出して帰宅したら家の電気は付いてなくて、あの人が趣味で作った使えもしない下手くそな形の石ころがごろごろ転がる居間の机に、それはあった。

『任務で、家を開けることになった。お前は手先が器用だから自炊も訳ないと思うが、簡単な飯を作り置きしたので食べること。さっきは悪かった。帰ってきたら、ちゃんと話をしよう。では行ってきます。 父より』

すぐに帰ってくる。そのときは、俺もきちんと謝ろう。謝って、俺の全部を聞いてもらおう。そして感謝しよう。ここまで育ててくれたこと。そして約束するんだ。何故か、すこし素直になれる気がした。あの人が帰ってくるまで、俺が留守を預かる。部屋を片付けた。掃除もした。下手くそな石ころは全部実用的な漬物石に変えてやった。


…だけどクソ親父は、帰ってくることはなかった。


木の葉の情報ミスで、親父は死んだ。親父は水遁での防御の要を担っていたが情報の誤りで敵の数は小隊の倍を上回る数となり、精鋭を持たない親父の部隊は壊滅した。Bランク任務がSランク任務になってしまったのだ。親父は、最後まで仲間を守り続けて……力尽きた。

もう、朝から晩まで変な研ぎ石を作ることも。口を尖らせて含み笑うことも。そして、

「話をすることも……叶わない」

こんな岩に名前を刻まれたって。俺は嬉しくない。あんたの戦果は、こんな岩一つに刻まれるだけで終わらない。…身寄りもなく、汚い生意気なガキを引き取り、ここまで育てた。そしてその育てたガキは、木の葉の葉となり茂るのだ。あんたが育てた葉だ。簡単に、くたばるものか。

見てろ。親父。俺のできる限りで、あんたを引き継ぐ。



「侮辱なんて、もうしないさ。親父。あんたは俺をここまで育て上げた。今度は俺の番だろ?一丁、三代目に担当上忍の命を受けてな。アカデミーの生徒3人のフォーマンセルなんだが…これまた家柄が中々すげェんだわ。」

あんなに、嫌いだった木の葉の額当てと新緑のベストを着た。どうせなら、直接見せたかった。

「忍を育てるために、俺が教育者になるんだと。笑っちまうよなァ、忍を嫌ってたのは俺なのに。未来の忍を育てるなんて」

……俺、忍になったよ。親父。

「諜報部隊からの担当上忍とは、俺の価値を分かってんのかねェ、あのじーさん。」

あんたから受け継いだ水遁。自分に忍の素質があるなんて思わなかったから、一般レベルに引き上げるだけでどれほど苦労したか。あんたが生きてたら、もっと楽だったんだろーなァ。

「なァ、俺あんたと家族になれて良かったよ。」

顔隠しの里のガキを拾ってくれた俺の一生の恩師であり恩人。

「河川シナガ。あんたから貰った名前だ。誇りを持って名乗っていくぜ」



:河川シナガ。元顔隠しの里の人間だったが、第三次忍界大戦の折、戦火に巻き込まれた顔隠しの里は焼失。諜報部隊小隊長河川テナガの保護の元、木の葉隠れの里に亡命。

以降、機密文書として取り扱いに注意すること。



顔隠しの里より亡命した者は、河川シナガ含め3名おり、その内2名は火影直属暗部に配属している。

火影直属暗部第4小隊隊長 ナグラ
火影直属暗部訓練生 ツルネ




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