105.君は耳を塞ぎ目を閉じた

奈良シモクという男はとにかく変わっていた。数ヶ月の違いだが暗部に先に入隊していた俺は、カカシさんと組んでいたシモクと再編成でツーマンセルを組むことになった。確かに入隊前から噂は聞いていた。通称シナガ班は任務成功率が桁違い。家柄が良いのもあるが特に目を引く存在が、班の脳であり司令塔のシモクだった。本家の人間や弟に比べたら頭脳は劣ると言われようと、こちらから見れば頭の回転が他より数段速い存在に変わりはない。実績も残している逸材として目をつけられたのだ。皮肉なことに。水面下で進んでいた話を知る由もない可哀想な男は、未だに平和ボケを引きずっているかの如く甘ったれた笑顔で、そしてしつこく俺を訪ねた。…その、裏表のない笑顔と。腹を探る必要性がない、変なところで馬鹿なシモクに、徐々に絆されていた。かつて親友だったシスイのように。もう一度、もう一度だけ。子どもの部分が滲み出してシモクに逃げた。仲良くなりたいと、そう言った彼に。シモクと過ごす時間は苦痛な事はなにもなく、互いを知れば知るほど本当に引き返せなくなった。俺には、重大な任務がある。うちはを、里を、弟を守る為に。なのに。シモクと過ごせば過ごすだけ、手放し難くなった彼の隣はいつの間に俺にとってかけがえのない居場所になったのだろう。



「うちは…イタチ?」

ビンゴブックに載っていた。そして俺が失くした記憶の中心。一族皆殺し。元木の葉隠れの忍。S級犯罪者、うちはイタチ。火影にもオクラにも同様の事を言われている。"俺とうちはイタチは仲が良かった"……俺が忘れているだけなのだ。ダンゾウのカリキュラムを終えてから数日。精神状態が劣化した時から可笑しな事は沢山あって。だけど俺はこの男を思い出せなくて。オクラが不思議そうに、当たり前のように言った一言は誰が言うより真実味を帯びていた。

「…そうか…お前がうちはイタチ…お前は俺と同じ部署に所属していたみたいだが間違いはあるか?」
「…いや」
「なら、俺とお前はどういった関係だった?」

敵と断言した男に聞くのは間違っている。だけど確認せずにはいられない。俺とお前はなんだったのか。周りが言うより深い仲でもなかったのか?

「……単なる、同僚だ。」

笠を目深く被った。鈴がしゃらんと揺れる。

「もう一つ聞きたい。お前は何故一族を殺した…俺には何故か、お前が好き好んで行った行為だとは思えないんだ」

うちはイタチの目が少し開いては細められる。だが、怒気ではなく…どちらかと言えば、…懐かしそうな…それでいて泣きそうな顔だ。何故そんな顔。俺は思ったことを言ったまでで。

「……もう一度聞く。俺とお前は、どんな仲だった?」

苦無を下ろして返答を待った。テンラクは訳が分からないと言った顔で静かに息を殺している。

「…最初からこうなるべきだった…否、すべきだった。俺があの日。"全て"をお前に話さなければ。ダンゾウも上役もお前の記憶を操作したりはしなかっただろう」

…なぜそれを。舌の呪印を見られたか。口を閉じてももう遅い。些細な情報を渡してしまった。

「俺が重荷になる日は、少なからず来ると思っていた。俺もお前も昔のままではいられない。お前が蛇を見て驚いたり、馬鹿な事をして笑ったり、泣いたりしてくれたお陰で。お前が…そこにいてくれたお陰で、俺は俺を見失わずに済んだ」
「なんで…」
「ずっと礼を言いそびれていた」

笠を外した先にあるのは、血のように鮮やかな赤い瞳…朝焼けに似つかわしくない、それは、

「…ありがとう、シモク」

脳裏に駆け巡ったのは。雨の中、寂しげに揺れる悲しい悲しい笑顔だった。



「しょう…、師…!!良かった!起きた!」
「…お前、」

目が醒めると、テンラクがいた。湖の周りにはもう誰もいない。写輪眼を見て俺は気を失ったらしい。

「俺、水持ってくる!」

額を手で覆い俯向く。頭が重い。…まさか、うちはイタチ本人に会えるとは思わなかった。彼は何を言った?蛇が苦手なことは親しい人しか知らない。それは弱味になるから。…イタチは、紛れもなく俺を知っていた。そして、多分俺が想像するより親しかったのだろう。あの、驚いて悲しそうに細められる目は…傷付いていた。敵と言われようと、親しい友だったなら。俺は最低だ。いくら記憶がなかろうと、俺がしたことは…

「…くそ、」

思い出せない。もやもやして、訳わからなくて、苛立つ。なぜ。どうしてそんな顔。お前はなんだ。なんでこんなに、俺は動揺してる?上役達に記憶を操作された…?ダンゾウが?コハル様達が?…火影様が?あり得ない、そんなこと。だって俺にも向こうにもなんのメリットもないじゃないか。俺一人如きに、何故………俺がイタチのなにかを知っていた?彼に関わる情報を保持していた?それは記憶から抹殺できればいいもので。里にとっての、瘤…?聞きたいことは山ほどあるのに、うちはイタチは言いたいことだけ言って消えた。今の俺に感謝されても。前の俺に言わなきゃ意味のないことを。今の俺に言うのは間違っているのに。だって、俺はお前になにを言ったのかも。なにをしたのかも。お前と過ごしたことすべて、知らないのに。

「水!」
「…ありがとう。テンラク…怪我は?」
「…別になにも」
「そっか…」
「あんたって、暗部だったんだ」
「…うん、幻滅した?」

テンラクの顔を見られなかった。また俺は繋がりをなくす。暗部は怖い。当たり前だ。人の命奪う組織だもの。

「奈良さんは奈良さんだろ。前も言ったけど、俺の師匠は、…その、奈良さんだから…えーと…だから!暗部って俺別に怖くないし!むしろエリートの集まりなんだろ!?かっこいいじゃねーか!」

―暗部!?上等じゃねーか。少なくとも日がな一日ぼけっと雲眺めてる俺より100倍かっけーわ!

「…修行はあと1日。出来るようになれ」
「当然だろ」
「…ありがとう、テンラク」

…なんだ。俺はこの子を見くびっていた。




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