102.君の世界の歪み

「はぁ!!!?」

シカマルのすっとんきょんな叫びに綱手もやれやれと肩をすくめた。

「アカデミーの生徒一人連れて修行の旅に出たぁ!!?」
「旅といっても、木の葉周辺だ。」
「だって兄貴里を回ってくるって…」
「人と人の出会いとは、本当に突然だな」
「五代目様、兄貴に甘いっすよ」

脱力したシカマルはがしがしと頭を掻いた。

「シモクは暗部でも教官を務めていた男だ。イルカからの要望もあってな」
「病み上がりが…ったく、自分から面倒なことに次々と…」
「…うちはの歴史を辿られるよりは…ましだからな」
「うちはの…歴史?」
「シモクはうちはイタチの記憶が欠落している。これが単に記憶の障害であったのか、または故意的にかは定かではないが」
「…なるほど。兄貴がうちはイタチの後を追わないか…危篤していたっつー訳っすか」

うちはイタチはシモクにとっての大きな弱点だ。それを消すために、ダンゾウが仕込んだと言うならば話は繋がるが…。イタチの秘密を保持し続けるシモク。親友関係だった二人。

「五代目。一つ言わせて貰うと…兄貴は、里を裏切らねぇ。ああなっても、里の為に尽くした…それは証明にならないんすか?兄貴がうちはイタチのなにを知っていようと。なにが起きようと。俺が保証します。奈良シモクは、絶対。里を裏切らない」

シカマルの強い主張に、綱手はまた肩をすくめたのだった。



「俺、あんたのこと全く知らないんだけど」
「じゃあこの一週間で分かってもらうしかないね」

大きいリュックを背負いながらテンラクは盛大なため息を吐いた。笑顔で強引に話を進めたこの若い青年に。

「旅って…なにするわけ?」
「君は水遁なんだって?」
「…水ないところじゃなにもできないよ」
「それは、チャクラが足りないからだよ」

チャクラは生まれた時から体にあるものだけど、ない人はないし、多い人もいれば少ない人もいる。チャクラは精神エネルギーと身体エネルギーを足してできるもの。

「はたけカカシも、俺も。チャクラは少ない方だからね」
「嘘だ。千の術をコピーしたはたけカカシがそんなわけない」
「あの人は自分の力量もわかってる。限界も。だからチャクラを最小限に抑えながら戦うことができるんだ。」

チャクラ切れでよく病院に担ぎ込まれているけど。それは先輩の名誉のため、伏せておく。

「だから、君は修行が足りないんだ。まずはチャクラ量を増やす。3日で行う」
「…そんだけ?」
「短い期間だけど、内容は濃いよ。いやならリタイアしてもいい。弟に負け続けたいならね」
「…っ!!」
「始めよう。この岩場だけど。」
「高っ」
「まずは身体エネルギーの修行から。鍛えれば鍛えただけチャクラも応える。」

そびえる山のような岩場は頂が見えないくらいだ。でもこれを登り切れるようになったなら。

「術を使わず、己の身体だけで這い上がれ」
「無理があるよ!俺修行って言っても、アカデミーの授業だけしか…」
「見返したくないの?」
「…っあーもう!!性悪!!」
「受け身の時は、忍術使ってもいいからね」

やっと登る気になったのか、いきり立ったまま岩肌に手をかけた。

「…お節介だな…」

自分がやっておけば良かったと。そう後悔していることを、他人にやらせるんだから。


「ふぐぐぐっ…っうわ!!!」
「影真似の術!!」

足が滑り、落ちようとした瞬間身体がびたりと固まった。シモクがすぐ傍まで登り、限りなく薄い影真似で落下を防いだのだ。

「がむしゃらにやればいいってものでもないから、少し休憩したらどうだ?」
「…時間がないんだろ。あと1日。それまでに登り切る」
「受け身もとれなくなってきているよ。」
「それはっ」
「休憩、しようか」


「…今更なこと聞いていい?なんで俺を鍛えようと思ったの」
「簡単なことだよ。興味を持ったから」
「なんだそれ…」
「っていうのは、格好つけたからで…本当は、小さい頃の自分に似ていて放っておけなかったからなんだ」

ぱちり。火の粉が焚火から散った。

「俺には、そうやって手を差し伸べてくれる大人はいなかった。時代が悪かったこともあったけど、それ以前に俺は自分から恐れて近寄らなかった。奈良一族。俺の生まれた派閥だ。」

テンラクも奈良一族のことは知っている。シカマルは子どもにも人気だから、シカマルのことを通して知っている。まさか兄がいたとは聞いていなかったけど。

「俺は兄だけど、弟より忍として劣る。テンラクと同じだね」

焚火の灯りに照らされながら、シモクは落ち着いた笑みを向けた。落ち着いていると見えたのはテンラクが子供だからなのかもしれない。

「昔から比較されて。それこそ忍に向いていないとか。やめてしまえとか。散々な目にもあったし、同級生にいじめられたりもしたよ」
「…あいつらだって、すごい忍術が使えるわけじゃないのに。」
「うん。そうだね。でも自分より優っているって。そう考えて仕方なくなるんだよね」

…不思議な感覚だった。こんなにも分かってくれる理解者がいただろうか。親にも、先生にも言えない。理解されない。できる忍者にはわからないと。でも、シモクは同じだ。テンラクと同じ。忍者として劣等生だった。

「でも。お前は一歩踏み出した。修行に励んでる。できないことは、人の何倍も努力して埋めるしかない。やるのとやらないのとじゃ、全く違う。お前は昨日よりずっと立派だよ」

こう、言ってくれた人は今までいなかった。全員が口をそろえて言う。まるで練習していたかのように。"大丈夫"、"頑張れ"。他人事は所詮他人事。めんどくさい事には蓋をする。世界は冷たい。…そう思っていた。

「大丈夫。お前は絶対強くなる。アカデミーの誰にも負けない強い忍者になる。俺が導く」
「…おう」

でも。この人は。この人だけは。色がついて鮮やかに見えたんだ。


「兄貴。一体なにやってんだ」
「修行だ。」

この無計画、突っ走り兄の元にシカマルが来れたのは二日が経過した頃だ。テンラクは寝たのか、寝袋の中で鼾までかいている。

「休むのは兄貴の方だ。俺は里の中を回るだけって聞いたから…」
「例えばもし。自分と同じ過去を持つ人間が目の前に現れたら、シカマルはどうする?」

穏やかな声色のまま、シモクはシカマルに尋ねた。

「俺は、まるで自分の過去を変えているように錯覚する」
「…つまり、そいつは」
「なかなかの落ちこぼれだね、俺とそっくり」

すぱっと言い切ったシモクはテンラクからまたシカマルに視線を戻した。

「一週間だ。それまでになんとかする。だから、頼む。任せてくれ」
「…暗部の状況わかってんのかよ。兄貴が抜けたことで、偏りが…」
「イヅルがいる。…あいつは、俺の意志を、ナグラさんの意志を継いでる。」
「…聞いてると思うが、暁の活動が活発化してる。アカデミーの生徒はもちろん里にとって大切だ。でも今じゃねぇ。」
「今しかないから。俺は一週間火影から貰ったんだ。シカマルの言ってることは正しい。だけど…」

…シモクの記憶の一部は今だに欠けたまま。このままイタチの記憶を取り返したとき、どんなパニックを起こす?信じていないわけではないが、里内に留まっていないシモクの元へ毎日来れる程シカマルも暇ではない。なにがトリガーで、なにが地雷になるのか。…もう、あんな姿を見るのはごめんだ。

「…何かあったら。すぐに口寄せして知らせろ」
「…必ず。それにシカマル。俺は絶対帰る。約束」

空気を緩めた。ため息を吐きだして、やっと少し口角をあげた。

「そいつの成長が楽しみだな」
「楽しみに待ってて。必ず劣等生から優等生にしてみせるから」

どんな修行をさせているのかは知らないが、シモクの修行は的を得てる。シカマルも、一時シモクと修行をしていた事がある。暗部特注の暗具が飛んできた時は肝を冷やしたが。無駄ではない。決して。

「気を付けて帰れよ。」
「…兄貴もな」

ひらりと片手を振ったシモクに同じように手を振り返して。シカマルは里への道を引き返した。シモクが自分以外の子どもの世話を焼くのは二度目だ。最初はイヅル。二人目はとうとうアカデミーの生徒とは…。

「巻き込まれ屋」

呆れる。…だけど、それが兄貴だ。困ってる人を見かけたら、なりふり構わず。自分がどうなろうと関係なく。手を差し伸べるのだ。いのが言った。"もう十分でしょう?"それは…全くの同意見。でも、人の根本は変えられない。シモクの中を見て尚更思う。その性格の反動は、そうやって手を差し伸べるのは…自分が"されたかった事"だったんじゃないか?幼かった頃の自分に…本当は手を差し伸べてほしかったんじゃないか?悔やんだって仕方ないってわかってる。だって俺はその時生まれてるか生まれていないかの境目だ。7年の差は…大きい。もし、いまの俺が過去に遡れるなら遡って。頼る大人がいなかった兄貴に、色々なことを教えてやる。修行も、忍術も、苦しくなったらサボって日向ぼっこしてもいい事を。世界は苦しい事ばかりではないことを。…教えてやりたかった。




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