101.これは私のエゴなの

「シカマル…!!シカマル!」
「…いの…チョウジ…」
「もうっ!心配させんじゃないわよぉっ!あたしの術は切れてるのにシカマルったら起きないんだから!」
「良かったよぉシカマル」

ここは…火影邸…運ばれたのか俺は。徐々に覚醒した頭がさっきまでの出来事を高速で蘇らせた。思わず口の端を釣り上げてしまう。

「会ったぜ…兄貴は確かにいた」
「え…会ったって…?」
「精神の中で話をしてきた。兄貴はもう大丈夫だ。行くぞ」
「え、ちょ、シカマル。行くってどこに…」
「兄貴の所だ」

飛び上がる勢いでベッドから起きた。部屋を出た俺の後をついてくる足音が聞こえる。大丈夫だ。

「でも、でもっ夢だったって可能性も、」
「兄貴は、生きたいって言ったんだ。」
「でも…」

思いつきでやった行為が成功したのが受け入れられないか。…まぁ二人は弾かれたらしいから信じられないっちゃ信じられないか…。

「そっかぁ…じゃあ急ごうよ」
「チョウジ、あんたなんでそんな簡単に。だって見たじゃない。あんなに苦しそうなシモクさん…あたし…」

いのは兄貴が好きだった…らしい。その反動も少なからずあるのかもしれない。早足になっていた足は、目の前を歩いてきた五代目の出現によって減速した。そうか、二人がもう説明したなら話は早いか。

「聞かせて貰ったぞ。シカマル。言った筈だ。奴を刺激するような事をするなと」
「兄貴は、俺がぶっ叩いてでも引きずり出してやらねぇといけねぇんすよ。」
「お前も身に染みてわかってる筈だ、あいつは本当に…!」
「五代目様。帰還屋はたった今…帰還した。」

鳩が豆鉄砲食らったような顔を見せた五代目に。さぁどう説明したものかと、簡潔に素早く伝えるプランが立ち上がった。



目を開ければ…俺の体は俺に戻っていた。とても長い間…眠り続けていたような気がする。水面に顔をつけていたような…息苦しくて。でもそれがない。…さっきのおかげ…?シカマルとチョウジといのの夢…。俺の中に入ってきて…色々見られて。でも、シカマルが…。そう、シカマルが…。

「ッ、く」

起き上がれば頭が痛い。でも前よりは全然ましだ…。暫くぼうっと天井を見上げているとノックの音とともに横式の扉が開いた。顔を覗かせたその人に、俺は今度こそ自然に接せる気がした。

「シナガ…先生」



危ない状態だと、早く来いと。助けてくれと。自宅のドアにはっ付けられたメモは果たして新かオクラか。暫く任務で家を空けていた。帰ってみればこうなっていた。いや…本当はあんな風に接するしかなかった自分に嫌気がさして、会うことを躊躇っていたのかもしれない。シモクは…本当に繊細だが、誰よりも心が強い。昔からだ。

「よォ…悪かった。見舞いにも来ないで」
「なんですかそれ?義務じゃないんですから」

…そっか。お前、戻ってきたんだな…。憔悴はしているがいつもとなんら変わらない。優しい顔だ。それを見ていると、なんだか胸に何か熱いものがこみ上げてくる。

「先生?」
「…っ、」

あれから、10年が経った。暗部入隊を止めてやることも出来ず、ただ見送った。そんな俺が先生面する資格はないのかもしれない。だけど、頼むから今だけは。

「よくやったよ…お前」

昔みたいに、褒めてもいいかな。



シナガ先生はそれ以上なにも言わずに俺の肩をただ掴んでいた。俺は大人になった。でも今は、昔のように俺を労ってくれているみたいだった。近況を報告してくれた先生は暫く椅子に座っていたがふいに立ち上がって窓から帰って行った。背中で手を振って。

「…兄貴」

からりと小さな音と共にひょっこりと顔が覗いた。広いおでこ。シカマルだ。少しだけ三白眼の目が揺れている。シカマルは危険だと判断したものには迂闊に近寄らない。無意識に俺を危険視している証拠だった。

「…ただいま。シカマル」

でも。大丈夫。ごめんね、ただいま。

「…っはぁ……勘弁しろよ兄貴…」
「それはこっちのセリフだよ。身転心だろ」
「いのの案だよ」
「それに乗ったのはチョウジだな」
「ご名答だぜ」

からっと笑ったシカマルの顔を眺めてみた。嗚呼、シカマルだ。俺の大切な…弟。

「…ありがとう…シカマル」
「…ん」

俺たち兄弟の約束。必ず帰ってくること。今度は条件もつけられた。帰ってくるなら心も体も揃えて帰ってこいと。

「…良かった…」

シカマルの呟きに顔を上げた。そっぽ向かれたけれど、その言葉一つで。嗚呼、帰ってきて良かったと。じわりと滲んだ目を気付かれないように窓の外に向けた。久し振りのように感じる太陽。でもそれは錯覚だ。指の節々に残る傷跡がなんなのか覚えているのだから。…昔のいじめっ子達だった。俺が奈良一族である事で因縁をつけてきた連中だった。今となってはどうでもいいのに。あんな事…するつもりなんて。



「里を回りたい?」
「はい。欠けたものを取り返します。木の葉を回ればなにかわかるものもあるかと。」

シモクの怪我の具合もだいぶ楽になった。鬱血痕も癒えて真っ青だった顔色も血色が戻っている。だが、肝心の記憶はいまだに元に戻っていない。

「…うちはの歴史を、辿りたいと思います」

綱手に頼み込み、里を回る許可を得たのはつい先刻だ。里はいつものごとく賑わい、子供達が笑いながら脇をすり抜けていく。ゆっくりと里を歩いて回るのはいつぶりだろうか。暗部に属す前だったような気がする。普通の着物を着て歩いていたら自分も普通の住民のようだけど、それは錯覚だ。

「お前、弟に負けてんだろ?」

ふと、そんな声が聞こえてきて、ぴくりと肩を跳ねさせた。声色はまだ変声期を迎え切れていない少年のものだった。

「忍者に向いてないよ」
「大体、やる気自体ないんだろ?」
「やめちまえ!」

嗚呼。これ。俺の時と同じだ。

「なにやってるんだお前達」
「うわっ」
「行こうぜ!」

ぱたぱたと走り去る少年の背中を見送り、俯向く一人の少年に声をかけた。

「大丈夫?」
「…余計なお世話だ!!!」

顔に傷を付けた少年は目つき鋭くシモクを睨みつけると全速力で体当たりし、疾走していった。余計なことしたか。大人が助けてくれた時、無条件で優しくされるのが怖かった。…そうか、俺はもう大人だから、あの子は俺と同じ事を思ったのかな。

「…あれ」

落し物…だろうか。あの少年の。手作り感溢れる布で出来た御守りだ。テン…ラク。テンラク。多分名前だ。見たところアカデミーの生徒だろう。

「イルカさんに渡せば分かるかな」

うみのイルカさんはアカデミーの先生だ。きっと生徒の事はわかってる。懐かしい、昔通った道を歩く。あの頃は、なにもかもが嫌だった。子どもゆえに、力のない自分も周りも大嫌いだった。

「イルカさん」
「?誰かと思えば、珍しい顔が来たものだ」

二カッとした笑い顔は変わらない。軽く会釈する。

「ご無沙汰しています。弟が世話になりました」
「なんだよ。そんな改まって。お前を見たのは木の葉崩し以来か…大変だったな」
「…えぇ、色々と。」
「…すまん。思い出させたなら謝る。」
「過ぎた事です。それより、アカデミーの生徒だと思うんですが、テンラクという少年はいますか?さっきぶつかった拍子に御守りを落としたようで。」
「テンラクか。すまないな、あいつお前になにかしたか?」
「いいえ。ただ…彼、同級生とあまり上手くやれていないみたいです。目をかけてあげてください」

イルカさんは知っているのだろうか。探り目を入れてみるが、イルカさんはやはりか、とでも言うような顔で頬をかいた。

「テンラクは…忍として術が使えないんだ」
「…印を結べないんですか?」
「いや、語弊があるな。…チャクラ量があまりにも少ない為に、本来できる筈の術ができない…って感じかな」
「彼、持っている性質は」
「水遁だ。」

…俺と同じか。チャクラ量が微量で本来できる筈の術に制限がかけられて。周りに置いて行かれる…

「すまんな!お前にする話じゃなかった」

その悔しさも、苦しさも。

「いえ。むしろ…そのテンラクという少年…俺に任せて貰えやしませんか?」
「…え?」

俺は知ってる。



「…って、なんなんだよお前!!」
「俺は奈良シモク。よろしくな」

少年…テンラクは大きく仰け反った。火影岩でむしゃくしゃする気持ちを頑張って抑えていたのに。気配なく忍び寄った影に気づいた頃には自分を真上から覗き込むように見下ろす顔があった。吃驚しすぎて口から心臓がでるところだった。

「テンラクだね。イルカさんから聞いた」
「なにしに来た」
「さっき俺とぶつかった時に、これ。落としていったよ」
「…いらないよ」

差し出した御守りからプイと顔を背けて、テンラクは身体ごと向こうを向いてしまった。

「どうして?大切なものだから肌身離さず持ってるんだろ?」
「いらねーものはいらねーし」
「これ、君が作ったの?」
「…俺とは違って出来の良い弟が、朝渡して来たんだよ。俺が怪我しないようにって」
「いい弟じゃないか」
「いい弟…?冗談じゃない馬鹿にしてるんだよ。自分は怪我しないからって俺にこんなもの作って寄越したんだ」

シモクは手元の御守りに視線を落とした。冗談や、ネタに、こんなに作れるものか?

「俺は…そうは思わないけど」
「あんたも弟の味方なわけ」
「そういうわけじゃない。君と弟の溝なんて知らないからね。でも俺が興味を持ったのは…テンラクだよ」

俺と似ているから。

「テンラク。少し俺と旅をしないか?」




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