99.鋭い刃物で切り裂いて

「………あのさ、イヅル君。」
「黙っていて下さい」
「いや、あの。黙れって…というか、なんでここにいるのかなー?なんて…」
「…怪我の具合。結構良くなったって聞いて、…でも人から聞くだけじゃ信憑性がないから、自分の目で確かめにきた」
「へ…へぇ、そうなの、わざわざありがとう」
「…なんで、僕のこと庇ったんだ」
「え?」
「拷問部屋なんかにぶち込まれて。そんな怪我してまで、なんで僕を庇ったんだ」
「…前にも言ったけど、俺はナグラさんに生かして貰った。だからせめて今度は俺がイヅルを守らなきゃ、って。そう思ったんだよ」

ツルネ改め、イヅルは深いため息を吐いた。血まみれの林檎を皿にぼんと乗せ、どっかりと椅子に腰かける。

「なんか小さい時のシカマルみたい」
「ほっとけ」

このつっけんどんな態度が特に。

「なぁ、あんた」
「ん?」
「……任務にはいつ復帰するんだ」
「肋骨がくっ付いたらかな。他はもういい。爪も生えてきてるし十分休んだ」
「…俺はね、自分のことはいいんだ。守りたいものが守れればいい」
「…自分のことを守れない奴が他人を守ろうなんて、おこがましいだろ。」


「よ。シモク」
「カカシ先輩」

音もなく尋ねたのはカカシだ。拷問部屋に押し込められていたとき、ずっと後ろで控えていた。万が一死ぬことがないように。カカシは危惧していた。イビキを信用していないわけではない。彼とて木の葉を思う忍だ。カカシはただの我儘で綱手の許可をもぎ取ったに過ぎない。実際、後輩の身を案じただけなのだ。

「爪とアバラはどう?」
「もう十分休ませて貰ったんで、この通りです」
「俺よりも回復早いからね、お前。いやぁ若いっていいよね」
「先輩。俺なんかのために時間を割いていただいてありがとうございます」
「なーによ。今更お堅いこと言っちゃって。俺らの仲でしょ」
「っはは、どんな仲ですか」
「死地を共にしたからね。お前のことは大体わかるよ」
「…そうですね」

懐かしそうに目を天井に泳がせる。カカシは椅子に腰かけ、頬杖をつきながらその横顔を見詰めていた。

「…やめたい?」
「なんですか。唐突ですね」
「唐突でもないよ。お前、暗部をやめたい?」

カカシの片目が探るように向けられる。…シモクは笑って返した。

「やめませんよ。ずっと。この身が朽ちるまで尽くします」
「異動の自由を俺が頼み込んでやると言っても?」
「自分がどの役割なのかわかっているつもりです。俺はここでしか役に立てないし、ここにしか、居場所はないんです」

カカシの目が先に逸らされる。黒い瞳が一度深く閉じられた。

「"立ち上がり続けろ"…俺の信条です。大丈夫、俺は容易く落ちてなんてあげませんから」
「…逞しくなっちゃって」

シモクは再び笑顔を乗せた。

「尋問の時、来てくれてありがとうございました」
「…任務だからね」
「欲は言いませんよ」
「欲にもならないよ。こんなこと」
「カカシ先輩。」
「なあに」

シモクはカカシに視線を移してから、自分の手を見詰めた。

「頼み事になるんです」
「言ってみて」
「弟の…シカマルのことです。」

改まった話にシカマルの顔も心なしか強張る。カカシになにを頼んだというのだ。

「あいつは、もう俺なしでも生きれる立派な男です。でも若くて。色々なものを見て、経験を重ねた時には、唯我独尊で道を外れることもあると思います。」
「だから、その時には、シカマルをもとの道に戻してあげてください」
「…お前がしてあげなよ」
「…俺だけじゃダメなんです。シカマルの世界は広いから。」

だから、シカマルの世界の一つである貴方にもお願いしていいですか?

「帰還屋なんて呼ばれてますけど、俺だって、いつかは死にます。」

俺は貴方やテンゾウさんみたいに強くはないから。馬鹿みたいに死なない悪運を持て余しているだけだから。

「先手必勝って、言うじゃないですか。俺がいつかいなくなった時、どうか頼みますよ」

カカシの顔は変わらなかった。視線の先の笑顔が真っ黒な片目に反射した。

「…お前は死なない。俺が死なせてなんかあげないから」

だから、そんなことを言うのやめなさい。

「…カカシ先輩、俺たちはこんなことには死ぬほど慣れてるじゃないですか」
「…だとしても、だ」

シモクの顔は理解できないと言いたげな、不思議そうな顔だった。

「…がんばります」


「…昔は、その優しい性格を、お前の長所だと思っていた!それこそお前だと!…でもな!!昔と今は違うんだ!俺たち忍は命の取り合いをしている!」
「それでも俺は…!」
「お前は暗部、里の重鎮!甘く衰退するな!優しさを履き違えるな!守りたいものの対象を、…間違えるな!!!」
「…お前も…、お前も!俺のなにがわかる!!?俺のなにを知ってそんなことを言ってるんだ!」
「嗚呼、わからないさ!暗部は秘密組織、ただの木の葉の忍である俺たちにはわからないさ!!」
「いい加減にしろお前ら!」
「お前はあの日俺たちと違った!」
「……もう俺に関わるな!!」


「お、来た来た。おーい、奈良シモク」
「五代目様より伝令でな。お前は俺たちの小隊に組み込まれた。これから任務だ。」
「任務を?火影様がか?」
「ああ、なんでも早急に取り掛かれとの御達しだ。」
「わかった、急ごう」

シカマルの肩がびくついた。まさか、この暗部たち三人は今回の…!!記憶の核心に近づいたことで、集中力が倍に高まる。身長体格共に全く違う三人についていくようにシモクは里を駆ける。いのもチョウジもそれを追う。

「奈良シモク」
「不用意に名を口にするな」
「そりゃ失敬。俺はサジだ。よろしくな」
「俺はニシ」
「僕はアカイ」

終末の谷。かつて初代火影とうちはマダラ、最強と謳われた二人の戦いによって平地だった地面がえぐれる程の激しい戦いの末、その傷跡から谷ができたとか。二人が戦った場所として語り継がれ、それぞれの像が建てられている。足を止めた四人に追いつく。記憶の中を走っているとはいえ、暗部の足の速さについていくのがやっとだった。

「奈良シモク」
「…お前達、火影直属暗部じゃないな?」
「御名答だ。気づいたなら何故ついてきた」
「色々考えていたが同じ暗部。……ダンゾウ派閥の者なら、ダンゾウ様絡みと思い、ついてきた」


「っ?」
「どうした、いの」

映像にノイズがかかる。じわじわ侵食するように、暗闇が広がっていく。

「っなにこれ…なにか強い術で弾き返される…!」
「なにかって?」
「わからないけど…っでもこれ以上ここには介入できない!」
「…ちくしょう!」

この先が知りたいのだ。ダンゾウのことがわかると思ったのに!

「…待ってて。拾えるところは拾うから」

いのは米神に血管を浮き上がらせながら印を結ぶ。また鼻血を出さなければいいが…。

「!あった」

いのが声をあげた瞬間。目の前が真っ赤に染まった。誰のものかもわからぬ悲鳴やうめき声。耳障りな…肉が切り裂かれるような音。思わず耳を塞ぐ。

「なに、これ…っ」

死。死。死。死死死死死死死。

がしゃん!!!!体中に巻かれた鎖を引き千切るように身体を捩じらせた。シモクの目が限界まで開かれる。堪えぬ涙がぼろぼろと落ち続けている。

「や…め、いやだ…っ!!!もう殺さないで死なせないで!!俺の、俺の大切なっ、」
「弟なんだ!!!!!」

幻術…!?それも高度なっ…!人の脳に擦り込まれるようによく響く。この映像はシモクが見ているもの。

「ああああああッ!!!!」

では、この悲鳴と断末魔はシカマルということになる。

「悪趣味にも程があるぜ、ったく…!!」

兄貴!!俺はここにいる!!死んでなんかいねーし、これから先もそんなことにはならない!
だから、っ

「こっち向け、兄貴…っっ!!!」




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