98.答えを見つけるのには時間がかかる

「…ちくしょうっっ…なんでッ」

暗部の墓。この間、丁度足を運んだばかりだ。右端はナグラさんの墓。そこに蹲る兄貴の背中は折れ曲がって。

「ナグラさん…俺はどうすればいいんですかね…貴方に救われた命は…やはり里に尽くすべきですか」
「先輩達も人が悪い…後輩の俺だけ残して仲良く逝ってしまうんですから」
「…ッ、墓なんてあったら…、嫌でも死んだってことがわかって…どうしようもないじゃないですか!!!」
「なんで…ッ、なんで俺が…ッ!!!」

ナグラさんの最後の言葉。俺たちは聞いた。兄貴は朧過ぎて自覚してないだけで。ナグラさんが本当に、兄貴の事を思っていたこと。助けたかったこと。兄貴の背中に声をかけても、俺の声は届かない。…もし今、この場に"この俺たち"がいたら。もしかしたら、兄貴を救えたか?その背中に手を置いてやることができたら。折り曲がる前に。気づいてやれたら。

「くそっ…!!!なにが暗部だ!なにがッ…なにが木ノ葉崩しだ!」

なぜ…。そればかりが巡るんだ。


「小度の任務、お前に預けるぞ……奈良シモク」
「――御意」
「先輩。今回の任務、よろしくお願い致します」
「よろしく。コードネームを教えてくれ」
「ツルネと申します。」

タン、静かな音を立てて闇に紛れる暗部達の平均年齢は若い。兄貴が周りを警戒して視線を散らしている中、ツルネと他の暗部達はアイコンタクトをとる。兄貴を奇襲する合図を送っていたのだろう。

「どんな人でした。あなたの先輩暗部は」
「いい加減にしないと、本当に怒るぞツルネ」
「…暗部には、倒れた者は見捨てる方針があります」
「…」
「助けられた暗部は、なにを思うんでしょうね」
「…なにが言いたい」

シモクの声が硬くなる。そして怒気が入り混じる。ナグラ達が前線で殉職してから、まだ日にちが浅い。シモクが受けていたのは里の中傷ばかりではない。身内である火影直轄暗部の者達でさえ、前線を退いた臆病者として扱い、噂が一人歩きし出した。

「先輩、あなたは多くの犠牲の上に生きて、なにを思うんですか?」
「………何の真似だ、お前達」

実際に見る悪意を含んだ人間の眼は恐ろしい程の熱を孕み、シモクを突き刺した。

「…そうか…似てるとは思っていたけど。ツルネ、お前はナグラさんの…」
「はい、弟です」

シモクの目が歪む。しまった、失態だ。という色が滲んだ。

「兄が守った人がどんな人かと思えば、逃げ帰ることには強運の帰還屋だなんて」
「だから、俺に復讐しようと?」
「僕の気が晴れますから」
「…お前達は今暗部の定義すら揺らしている。その自覚はあるのか」
「どうでもいいんだよ里なんて、僕はお前を殺す為だけに…暗部に入ったんだ!」
「暗部の定義は、里の為に忠義を尽くし尽くすこと。その崇高な精神を利用してまで、復讐に走るか」

牙を剥いたツルネを諭す。普通、ここまできたら切り捨てるだろうが、シモクは情けを持ってツルネを諭しているのだ。それは、シモクだからこそ取った行動であり、もしベテランの暗部ならば即座に抹消されている。それほどの暴挙なのだ。暗部内部での裏切り行為は万死に値する。暗部とは火影の信頼でできている。

「あぁそうさ!そんなもの、そんなもの!どうとでもなればいい!」
「なら…仕方ない。その殺意すら、受け入れるのが当然だ」

シモクとは違い、自分が出せる忍術全てをぶつけてくる後輩達の手首をいなした。忍術は印を組まなければ扱えない。それは、忍術が使えないシモクが取る先手必勝。孤立無援の中で、目を覆う髪が風で巻き上がる。その目の中に、普段は見ることができない…修羅が飼われていた。致し方ない場合においては、急所を外して身体の自由を奪う。得意の体術は周りの忍術に引けを取らない。シモクの動きは野生の猫のようにしなやかだ。そして速い。隙を瞬時に見抜き、差を詰めて肩や脚の関節を外す。彼らが関節戻しを教わっていないことを、教官であった頃から知っている。…殺しを極めた者ならば、敵の情報を戦いの内に掻き集める。シモクは、能力や頭脳がシカマルに劣ろうと奈良一族だ。頭の回転は常人より速い。そして経験がある。数でかかろうとも、手の内を知られた挙句に新人と現役の差は思うより大きいのだ。それにツルネ達が気づく頃には、薄い影を捕縛に使ういつもの光景が広がっていた。

「俺は、確かに臆病者だよ。だが、お前の気持ちだけで全ては片付かない。死んでなんかあげない。俺を殺りたければ…もっと強くなって出直しておいで」

煌々と輝く月を背負い、悲しいほど儚く笑うシモクの顔に、ツルネは息を止めて見つめていた。ツルネに手刀を加えた後、シモクは一人でツルネの顔を模る細工を施し始めた。…最初から。最初からツルネを助けるつもりで。

「シモクさん…ツルネって…あの時見た…」

いのが呟いた。いのは身転心の術でシモクの中を見ている。ツルネの記憶も見えたのだろう。

「…馬鹿なことをして…それで粛清されるのはお前なんだよ…ツルネ」
「…でも、お前をこんなにしたのは俺だから。」
「…俺を恨もうが。お前を守るのが、ナグラさんへの花向けだよね…」

ツルネを模った顔を持って、またシモクは笑った。ツルネは知らない。シモクが、どれだけ後悔をしているか。そして前に進むのにどれだけ、消耗したか。


「ツルネは生きている、お前が生かしている、そうだな!?」
「あ"っ…ッ、う、あ"ぁぁぁあ"あああああああ"あ"ーー!」
「自分を襲った奴らに、何故そこまで情けをかける。おかしいと思わないか。本来ならここにいるのはツルネなのに、何故…お前がここにいる」

痛みで痙攣する磔られた両手を握りこんだ。項垂れた顔を上げて、

「…俺は、ツルネを殺しました」
「裏切った同胞を殺したのは俺です!」
「殺しました!!!」
「ツルネは死んでいます!!」

唇を噛んで堰き止めた真実を噛み殺してシモクは叫ぶように血を吐いた。指の爪は剥がされ、苦痛に顔を歪めることすら辛そうなのに。…なんで。兄貴は。自分の命を落としかけてまで。そこまで他人のために。恩師の為に体を張れる。俺は兄貴の背中に追いついてると思ってた。もう、兄貴を守れるだけの力はあるのだと驕った。

「だから、いいよ。怖かった、と。そう言っても」

上司だろうか。猫の面を頭の側面につけた、大きな目が特徴的な男性だ。

「…怖くなんて、ありません。俺は暗部ですし…それに今回の件で、そんな事を言える資格はありません」
「それに俺、テンゾウさんが言うようにタフですから。自分の体はどうでもいいんです。守りたいものが守れれば十分です。」

「ツルネは尋問中。それと、火影が君に話があるそうだから明日ここにおいでになるそうだよ」
「っ!ツルネは、どうなるんですか!」
「ちょっと!起き上がらない!」
「ツルネの件ですが!テンゾウさんも知っての通り、全て俺の独断で行ったことなんです!ツルネはなにもっ!」

「なんで…?なんでよ…」

いのの拳が固められる。わからないのだ。シモクがツルネに拘る理由が。誰にだって分かるわけがない。殺されかけたのに。自分が痛めつけられてまで、庇うのは。恩師の弟だから。それだけ?そんなことでシモクさんはこんなに体を張ったの?自分を殺そうとしたんだよ?シモクさんはなんにも悪くないんだよ?なんで??なんでそんなに優しいの?

「自分のこと大事に、しなさすぎだよ…っ」
「…いの」

俺はタフだから。自分の体はどうでもいい。守りたいものが守れれば、それでいい。昔から…昔から、シモクさんは優しいから。なにもかも全て一人で食べてしまう。人の辛い思いも、引き受けるように食べてしまう。まるで夢喰いバクみたい。…人の気持ちを引き受け続けてるシモクさんは、どうなっちゃうの…?誰にも引き取られないシモクさんの気持ちは?どこにいってしまっているの?シモクさんは…この時からどこにいってしまっているの?




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