97.忘れぬよう愛を刻み付けて

「にーちゃー!」
「俺は、兄の、奈良シモクです…よろしく、ね。シカマル」

シカマル。俺の弟。俺を肯定してくれた存在。

「俺が………暗部?」
「引き受けてくれぬか。お前にしか頼めぬ仕事じゃ」
「………………父さんは、なんて」

これは兄貴が暗部への入隊を告げられた日か。

「…了承した」
「………わかりました。」

シモクはにこりと笑った。嗚呼、この笑い方。愛想よく笑う、この笑顔は偽物だ。きっと様々抑え込んだ精一杯の顔だ。

「中忍試験…ですが」
「…残念じゃが、破棄にしてくれぬか」
「…はい」

道を違う。オクラはそう揶揄した。木の葉の額当てをするか、面を被るか。それは、実に大きな意味を持つのだ。

「泣くな、泣くな、シモク。俺は兄ちゃん。もう子どもじゃない。俺は兄ちゃんだ。」

暗部という場所が、どのような場所なのか。シモクは知っていたのだろう。九尾事件、並びに第三次忍界大戦終息後の暗部の隊員7割を失った木の葉は早急に新しい編成で任務に当たらなくてはならなかった。どんなに若くても質の良い忍を掻き集める他なかったのだ。時代と里に翻弄されることになる。シモクの運命はここで大きく捻じ曲がる。

「父さん、母さん、シカマル。」

俺、暗部になったよ。


「暗部の任を受け入れたからには、やることは一つ…全ては、里の為に」

「あー、固まってら」
「ナグラが怖かったんじゃねーの?」
「あっはっはっ!あれがナグラって男なんだよ!」
「許してやってくれ」

様々な動物を模した面達がカラカラと笑う。暗部の集団よりか、声だけ聞いていれば里の居酒屋にいる普通の男達の声だ。だが、現実目の前で繰り広げられた攻防は上忍と同等の戦闘で。彼らはそんな平和の内に生きる忍達ではない。常に死と背合わせな…薄い氷の上に立っているのだ。それなのに、ここまで朗らかなのは単に頭の螺子が外れているか、慣れすぎてしまったかのどちらかになるのだが。…これがシモクが最初所属していた通称ナグラ班。第4小隊精鋭部隊であった。帰還率、成功率共に90%以上。火影直轄の中でもダントツの戦績を誇っていたと、後に五代目より聞いた。ナグラ班の隊員はよく喋り、よく笑った。新米のシモクが萎縮した緊張感から開放され、大口開けて泣き出したら、口々に慰めた。

「…泣くなよ、まったく」
「使えねー奴をナグラがわざわざ任務に出させるか。お前は見込みがあるって判断されたんだよ」
「良かった良かった、イノチってのは大事だなぁ」

ばしばしと叩かれて細い背中が揺れた。痛そうにしながらも、シモクは少し誇らし気だった。

「ナグラさん、おっかねぇけど暗部歴長いから頼れるし結構良い人だぜ?お前ラッキーだったな」

ナグラ。シモクの暗部での師。木の葉崩しで既に殉職してしまっている。シカマルは目の前を横切る鳥の面を追った。…そうだ、この人だ。幼いシモクをいじめっ子達から助けたのは。なんで、この人はいつも兄の周りにいるのだろう。そして奇襲をしかけたツルネ…後のイヅルの兄でもある。性格は任務遂行の為なら多少の手荒も厭わない。ストイックな性格であるが、かなりの世話焼きと見ている。シモクを一から暗部として叩き上げたのはナグラの影響が非常にでかい。

「生き残れ。なにがなんでも地面に伏せるな。立ち上がり続けろ。お前に俺達のような闘いが出来なくとも、立ち上がり続ければ、それでいい」

「シモク」
「はい」
「お前が暗部に配属されてから暫くの間見てきたが、…随分逞しく成長したもんだな」

兄の顔が、そっと綻んだ。嬉しさを噛み締める顔だ。シカマルがシモクにとってなにか嬉しい事をすると、いつもああやって唇を結んで、はにかんだ。兄貴…まだ笑えてるんだな。記憶を読み進める度に、シモクの気持ちと同調していくようだった。嬉しそうだ。…なのに、記憶はぶつりと途切れて暗闇の中に薄ぼんやりと更に映像を再生するように新しい記憶が広がった。

「シモクよく聞け!!あの会場には幻術が掛かっている!!先刻、取り逃がした大蛇丸による大規模な敵襲とみなしていい!!四代目風影様に化けていたのだ!!この一件には同盟国である砂隠れも関与している!」
「で、では…これは懸念していた…」
「…木ノ葉崩しだ」
「木ノ葉…崩し…」
「三代目様が大蛇丸と交戦中だ。無闇に手を出せぬ、俺達の任務は木ノ葉に侵入してきた
砂忍共を退却させることだ!」

どくり。シモクの感じた動悸、焦り、緊張。すべてがリンクする。兄貴…!行くな…!!この先は、この先に待っているのは…!!無駄なのに、手を伸ばした。砂忍達との攻防戦を、俺たちは初めてこの目で見た。記憶の中の俺たちは下忍で、安全な避難場所に避難していた。だけど兄貴達は立派な大人で。木の葉の忍で。守られる立場はとうに過ぎたと言わんばかりに、危険に身を晒していく。腕が欠けようと。脚がもげようと、目が見えなくなろうと。踏ん張って立ち上がって、一人でも多くの敵を押していく。一人でも多く…。自爆する暗部もざらにいて、激戦区と呼ばれた前線の真実を垣間見た。…こんなの、知らねぇ…。アスマ達からは相当な激戦だったとしか言われてないし中身は綺麗に包まれて語られることはなかった。術と術の激しいぶつかり合いはお互いに全力を出しきったもので、戦闘痕は地面に大きなクレーターを作り、木々を薙ぎ飛ばした。地面に散らばる手足や頭に、いのもチョウジも口元を押さえて目を閉じた。…俺は、見ろ。これは兄貴が見ていたものだ。これが見られなければ、兄貴の元には辿り着けない。凄惨な光景から目を逸らさずに見つめた。

「シモク!返事をしろ」

ナグラ…さんだろうか。兄貴の元まで駆け寄る。呼吸の確認をしてから、ナグラさんは躊躇うことなく兄貴の腕を首にかけて戦線を離脱しよとした。…兄貴が言う、"生かされた"とはこのことだ。だが怪我人を連れて離脱できる程戦況は甘くない。

「っ!!っぐ…、ったく…俺はなにしてんだか…」

…驚いた。純粋に。暗部は任務の為ならば仲間内も切り捨てる。それなのに、自分が傷を負ってまで兄貴を生かそうとしてくれていた。自分を的にして、兄貴の体をできるだけ隠して。…何故だ?なんでこの人は兄貴を守ろうとするんだ?…自分を死に追い込んでまで。

「どうして…」

無意識に声が出た。だってそうだろ。いざという時、自分を盾にしてまで誰かを守れるか?本当にやばくやった時、俺は自分の命を投げ出せるか…?少なくとも、今の俺にはその覚悟はない。でもこの人にはある。なんの躊躇いも恐れもない、不屈の意志が。

「…おいシモク。聞こえてなくてもいいから聞け…この先、戦況は悪化する…お前を医療テントまで運ぶから、…生きながらえろ」
「…俺が教えたこと…覚えてるか?」
「確かにお前は、…奈良一族にしては力劣るが…俺たちに無いものを…お前は一人だけ持ってた」
「だから、お前は俺たちみたいな、戦い方が出来なくてもいい…なんの心配もない…誰にも負けてなんか…いるものか。」
「…シモク、…生き長らえろ。立ち上がり続けろ…例え俺たちがいなくなっても、生きて生きて…生き抜け」

ぱきり。ナグラさんの面が縦に割れて地面に落ちる。血で濡れた顔はよく見えなかったけど、目だけは優しげな浅葱色を乗せて…。

「お前をこの世界に引っ張った俺が、お前の成長を見届けられないのは…責任逃れだが……俺は、お前を信じてるんでな…」

血を吐きながら辿り着いたテントで、ナグラさんは兄貴を医療忍者に引き渡した。

「奈良シモク。俺たちは行くぞ」

ナグラさんと兄貴の人差し指と中指の二本が交差した。忍にとっての"和解の印"だ。…ナグラさん。兄貴には、聞こえてた筈だ。きっと。だってそうでもしなけりゃ…俺たちはあんたの言葉を聞けていない。本当はもっと一緒にいたかったんだろ。本当はもっと色んな事を教えたかったんだろ。

「雷遁!」

記憶が縮んでいく。ナグラさんの雷遁の術と共に、その背中がどんどん遠くなる。潔く…大きな背中だった。

「暗部小隊、合わせて27名…貴方以外、全滅したとのことです…」

兄貴の道の、崩壊が始まった。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -