96.私が生きた証
「…入れたみたい。」
「…真っ暗だね」
「シモクさん、いま眠っているから…夢に入り込めるかもしれない」
「…兄貴、夢見が悪いんだ。いけるか、いの」
いのは更に意識を集中し始めた。シモクの脳と3人を繋ぐ…それは中忍試験よりも難易度があがる。
「空間が裂けてく…」
「っ!眩っ…」
「落ちこぼれー!」
「影が使えないお前なんて怖くねーし!」
「そんな薄っすいので俺たちに勝てると思ってるのかよ!」
突然、目の前に広がる光景に唖然とした。夢の…中なのだろうか。はたまた、記憶が混じりあった真実なのだろうか。…きっと、そうだろう。目の前には1人の少年と囲むように4人の少年が対峙していた。シカマルははっとして顔岩を見上げた。木の葉の里だ。顔岩が四代目で止まっていることから、過去のビジョンだとわかる。
「退いてよ。」
「奈良家秘伝の忍術でやってみろよ!」
「影真似してみろ!」
…兄貴だ。幼いが、昔の兄貴だ。
「…それは、」
「俺の父ちゃん言ってたぜ。お前本当は奈良の息子じゃないんだ!」
「似てねーもん」
「影も使えない」
「本当は捨て子なんじゃねーの?」
チョウジはぐっと顔を険しく寄せ、夢の中の少年達に介入しようとする。「チョウジ!」と、いのが止めようとするとシカマルの制止が入る。…夢の中のビジョンに干渉できるのかどうか。シカマルはそれを確かめる気でいた。もし干渉できるのならばこの夢が終わる限り介入しまくり、現実のシモクが苦しがる悪夢から救ってやれると考えたからだ。チョウジが声をかける。さぁ、どうなる…
「お前ら。なにやってるんだ」
「えっうわ!」
「暗部の人だ…!行こうぜ!」
ぱたぱた走り去る少年。チョウジは驚きのあまり固まってしまう。それを合図にいのとシカマルも寄っていく。
「最近のガキは…おい。」
暗部の制服だ。面は頭の側面につけられている。シモクは目を逸らすように斜め下に視線を下げた。まぁこの歳で暗部を知っていたら、そりゃ恐ろしいだろう。
「あ、ありが…ござい、ます」
一度ちらりと視線をよこしたが、すぐに脇を歩き去ってしまう。大人の目に怯えている。母、ヨシノが語る幼い兄の面影はない。
「あたし達介入できないみたいね」
「残念…シモクを助けられると思ったのに…!」
「…あの面…」
シカマルはシモクを助けたと言ってもいい、その場に未だ留まる暗部を見つめた。顔は見えないが、あの鳥の面…どこかで。
「シモクを追いかけよ!」
歩幅の狭い子どもの足にはすぐに追いつけた。雑木林を抜ける。その道筋に、シカマルは覚えがあった。芝生のある開けた場所は風が吹き込み、昼寝するには最適な空間。ここは昔からシモクが使っていた場所だ。
「俺は、しあわせだ」
脚の間に顔を埋めながら、何度も同じ言葉を自分に投げかけた。まるで呪文のように自分に擦り込む。…兄は、泣かない程この頃は強くなかった。心もまだ純粋で感受性の豊かな時期だ。大きな切れ長の目からぼろぼろ溢れる涙。…まだ、泣くことができる。周りからの評価は、代々続く奈良家の評判を中傷した。影を扱えない子どもは16代目に相応しくない。奈良家の敷居を跨いでいる事自体ありえない…と。
「…、…おれは、し、あわせ」
裾で目元をごしごしと擦ると、シモクは両手で頬を叩いた。気合を入れ直したのか、すっくと立ち上がり、走り去ってしまった。小さいその手は再度握り込まれたまま。そこで、空間が裂ける。
「シモク、みて。」
「お前の弟だ」
これは…。シカマルはどきりとした。次に場面が切り替わったのは病院で、シカクとヨシノは白い布に包まれた赤ん坊をシモクに見せるように差し出した。シカマルである。
「…………そっか」
ほんの少し身長が伸びて、忍服を着たシモクはシカマルに視線すら寄越すことなく、リノリウムの床を見つめていた。その後は、修行があるからと病院を抜け出る。シカマルが生まれたとなれば、7歳だろう。
「…"シカマル"か…俺にはない名前だ。」
シモクの名前の文字に、鹿の文字は入れられていない。そこからも深いダメージを負う。7歳の子どもとは思えないような。そんな大人びた横顔に、3人は言葉もなく見つめていた。居場所を求めて彷徨う。シモクの迷子は、ここから始まったのかもしれない。
「俺じゃ……だめなのかな、…なんで俺は…っ!」