また一つ、忘れたくない思い出



※『見守ってた』より。奈良主人公の誕生日です。


「…母ちゃん、なにしてんの」

夕方。ヨシノは台所に詰めていた。いつもの光景なのだが、時折思い出したかのように笑みさえ浮かべるヨシノが珍妙過ぎて思わず声を掛けたのだ。

「え?やだシカマルなにいってんの」
「母ちゃんこそなんだ??」
「今日がなんの日か覚えてないの?」

今日…??台所に付けてあるカレンダーに目を向ける。答えに詰まるシカマルを見てヨシノは盛大に溜息をついた。

「ばっか!アンタ!今日は、」

なにか、大事な日だった気がする。

「シモクの誕生日、でしょ!」



シモクという名前は、シカクが決めた。シカクはすぐに分かった。シモクには奈良一族の秘伝、影を操る能力がないと。ヨシノは知らなかった。一番最初に授かった待望の我が子。ただひたすら喜んだ。…シカクだけは、素直に喜び切れなかった。シモクが物心ついた時には、周りの環境を知る。自分は奈良一族の能力がないと嫌でも思い知らされてしまう。周りの評価、レッテル、蔑み。後ろ指をさされてもこの子はそれに耐え切れるのだろうか、と。自分とヨシノの子どもだ。…そう信じても。やはり、怖かった。そしてそれは現実のものとなった。天真爛漫で愛想が良く、人見知りしないシモクが作り笑顔を貼っつけるようになった。5歳の時だ。なにか言われたのかと問いただしても、笑みを浮かべたまま首を横に振る。自分達を含めて周りの環境が、彼をそうさせたと言えばそれまでだ。甘えたい盛りの筈のシモクは殆どヨシノにもシカクにも近寄ることはなく、お気に入りの場所で空を見上げながら横になるか、自室に閉じこもるか。妙に大人びていた。どうしても家族に接触…例えば朝食や夕食の際にはなんでもないように、にこりと笑い、手伝いをする。手がかからな過ぎて、不安に思ったのはヨシノだ。シモクという少年はこの頃から人を後ろから見つめるようになった。6歳。シカマルが腹の中にいる頃。彼は思い始めていたに違いない。シカマルが宿った事で、周りから散々言われた"お払い箱"になるんだ。と。本格的に心を閉ざし始めた瞬間だった。シモクの誕生日。それは春の訪れの季節だ。桃色の綺麗な花弁。暖かな風が新しい季節を告げる。アカデミーや新春に大片付けと、割りかし忙しい時期だ。それにヨシノの妊娠も重なった。そんな周りを見ていたからだろうか。感じたからだろうか。シカクがいなくても、ヨシノが陣痛で起き上がれなくても。自分が生まれた日を、別になんとも思わなくなった。ヨシノが陣痛の時はシカクに代わって付き添った。代わりに夕食を作った。よく分からない味になっても良かった。だって、自分しかその食べ物を胃に流し込まない。

『今日はなんの日?』

なんて、シモクの口からその言葉が出たのは4歳までだ。自分の立場を妙に意識し、遠慮という言葉を心の深くに刻みつけた。今年も誕生日が終わったと。シモクは自室で薄ら笑った。真っ暗な自室で。帰ってきたシカクがヨシノの腹に手を当ててカラカラ低く響く笑い声を聞きながら。

『今年も、間引かれずに済んだ』

ぽたりと畳に落ちた涙を目で追い、まだ泣ける自分自身に、にこりと笑ってやった。奈良一族の恥だ。そう周りに言われたのは5歳に成り立てた頃だ。幼い時に影が扱えなくても、5歳を過ぎればなんらかの進展があるだろうと。それを裏切られた大人達が指を差した。7歳。アカデミーという場所、家を空ける口実が出来た。不器用な笑顔。鏡で見てそう感じてからは引っ込めた。笑い顔に、なんの意味がある。SOSを出す期間を見送ってしまった。シカクもヨシノも。決してシモクを愛していないのではない。どこの家にでもある。極普通の事だ。"お兄ちゃんだから"。"昔から手のかからない良い子だから"。シカマルが生まれてしまえば。ヨシノの不安もどこかへいった。シモクはお兄ちゃん。手のかからない、よくできた自慢の息子。SOS期間を逃した?いいや違う。そんなもの、出す暇さえなかった。



「…すごいな。桜だ」
「先輩、桜ってなんで春に咲くんですか」
「え?芽が暖かくなってからじゃないと反応しない構造になってるからじゃないか?」

夜桜を見るのは今年で22回目だ。前は長期潜入任務で里に帰らなかったから桜は拝めなかったが。

「まぁ、年中無休で咲かれたら木の葉の忍も平和ボケしそうですが」
「平和ボケか。俺たちには縁のない言葉だね。イヅル」

栗色の髪を小さく揺らした少年、イヅルは隣に立つ男を見上げた。面を上にずらし、顔を晒した状態で暗闇の中で狂咲く桜を見つめる瞳。

「思い出でもあるんですか」
「え?なんで?」
「目は口ほどに物を言うって言いますよね」
「…いや、別に思い出しても意味のない事だったからいいんだ」

首を傾げたイヅルを見下ろして口角を上げた男は面を付け直した。鹿の面だ。

「さあ、早く戻ろう。テンゾウさんが待ってる」



「なによ急にシモクの昔話なんて」
「俺と兄貴って結構歳離れてるから、気になっただけってーか…」

ヨシノは手を動かしながら背後にどっかりと胡座をかくシカマルに問いかけた。

「…色々、聞いたから。」
「なにから話せばいいのかしらねー。」
「…あのさ。母ちゃん。兄貴、俺が産まれる前までどんな感じだった?」
「どんな?」
「兄貴、あんなよく笑う人だった?」

ヨシノは記憶を辿るように宙を見上げた。そしてくるりと振り返り、台所のシンクに背を預けた。

「小さい頃はニコニコして人見知りしない可愛いやつだったのよ。」

予想通り…シカマルはふ、と口元を綻ばせた。

「でも…一時期は全く笑わなかったなー。反抗期とは思ったけど」
「へー…それっていつくらい?」
「確か…7歳?あんたが生まれた年」
「…なるほど」
「ま、すぐにへらへらしてシカマルに夢中になってたけどね」

シカクから聞けば、その時期は兄が。

『自分は奈良に必要だったのか。子どもながらに一人、悩んでいるのが目立っていた。…シカマル、そんで実はシモクは最初からお前を大事にしていた訳じゃねぇんだ』

『ピアスを受け継いだお前を、むしろ疎んでたかもしれない。だからお前を抱き上げることも近づくこともしていなかったんだぜ』

シカマルを、疎んでいた時期だ。

「…そうそう、シカマルがお腹にいた時、陣痛でシモクの誕生日お祝いしてあげられなかった事があったのよ」

あの時は本当に可哀想だったなぁ。ヨシノはスリッパのつま先を見ながら呟いた。

「聞き分け良過ぎて、シモクったら怒りもしないし。むしろ気にしてないって言うもんだから、吃驚したわよ」

自分が産まれた日は、特別な日だ。今まで生きてきて欠かされた事がない。想像するだけで少し寂しくなる。一人で一体、その日なにを考えていたのだろう。

「あ、そうそうシカマル!あんたに渡して欲しいって荷物預かってんの!」
「荷物?」

ヨシノが持ってきた荷物は巻物だ。なんだ?任務の概要か?

「急ぐものなら早く返答しなさいよー」
「分かってるよ」

兄の昔話は途切れた。シカマルは片手に巻物を持ちながら自室に戻った。ヨシノが言うとおり、急ぐものなら早めに確認しなければならない。見たことない術式だな…解けなくはないが。

「誰からなんだ?」

それほどの極秘任務ということなのか。シカマルは印を結んだ。



ズザーッ!
「痛ってえ!」

顔面からスライディングした。畳の摩擦。なんて酷いものだ。というか、何故スライディングしたんだ?ヒリヒリする鼻を抑えていれば暗闇の中でなにかが起き上がった。

「誰だよあんた」

夜目が効く為、すぐに声の主の姿は認識した。

「あに……き」

若い、というより幼いシモクがそこに座っていた。驚愕…顎が外れそうだ。

「…敵襲か?」
「いや!違う!」
「わかってるよ。木の葉のベスト着てるし」

こんなにもこのベストに助けられたことはない。

「…あに…、お前名前は?」
「奈良シモク。」
「!…時空間忍術…か?それにしても高度な…」

いや、そんなことよりこれはやばい。時を遡ったらというのなら自分はとてつもなくイレギュラーな存在であり、この気配にシカクが気付きでもしたら大惨事だ。父親のすごさは身に染みて分かっている。

「…はは、なんだ。今日も捨てたものじゃないな」
「は?」

小さく、掠れながら子ども特有のほんの少し高い笑い声を上げたシモクは小さな頭を持ち上げてシカマルを見上げた。

「今日は俺のたんじょうびなんだ。」
「たん…じょうび?」

…なら、なんで一人でいるんだ?先ほどヨシノが言っていた事を思い出した。祝えなかった日。もしかして、それが、目の前の今日…なのか?

「………今日でいくつになった?」
「7歳だ」
「別に構わないんだ。産まれた日だから、どうにかなるって訳じゃないし。」

兄貴は兄貴だ。この頃から、兄貴だった。いや。作らされてしまっていたんだ。そんな考して欲しくない。子どもの癖に。そんな押し殺す必要は、…欠片もないんだ。膝についていた両手を握り込んだ。まだ状況を把握し切れてないけど、伝えたいことがある。今の俺が、過去のあんたに。

「…兄貴はこれから色んなものを見て、感じて、泣いて、迷って、怒って、疲れて…そしてまた泣く。でも、大丈夫だから」
「…?あにきって…」
「俺たちがいるからな…兄貴!」

シモクは小首を傾げながら、うん?と唸った。理解し切れていない顔だが、訝しんではいない。

「俺は、こうして過去に来たけど…もうすぐ、本当にあんたのとこに行くから!待ってろ!」
「なぁ、さっきからあにきって…」
「誕生日!!」
「え?」
「誕生日、おめでとう!」

暫くして暗闇に浮かんだ顔は、慣れ親しんだその笑顔だった。恥ずかしそうに肩を竦める。右目を覆い隠さない程の短髪。大きな両目がシカマルを見上げた。

「祝ってくれて、ありがとう。」



意識が覚醒した瞬間。そこは日が傾きかけたオレンジの光が差し込む自分の部屋だった。…そういえば、さっきの、夢?の部屋もここだった気がする。広げた巻物は跡形もなく消え去って、ただ俺が間抜けに横たわってるだけだった。

「……夢か?」

頭をぼりぼり掻いて、部屋を出る。巻物を広げる前と変わらない。

「シカマルー?なにやってんのー?ドタバタして!」
「え?あー、いや…」

母ちゃんの料理も完成したようだ。いつの間にか親父が胡座を掻いて座していた。

「シモク遅いわね」
「今日はちょっとした北の防衛偵察なんだとよ」

ガララ。玄関の引き戸がスライドした音だ。北まで走り疲れたのか、溜息が聞こえる。兄貴の気配が居間を通り過ぎようとして、止まる。

「……3人揃って、なにしてるの?」

見られていることに気付いたらしい兄貴が居間に顔だけ覗かせた。綱手様が火影になってからは暗部が行うしかなかった任務が強制的に軽減され、兄貴が体を休める日が増えた。いつも悪かった顔色もよくなった気がする。

「早くきなさい!」
「え?」

手招きする母ちゃんに首を傾げ、防具を外しながら居間にひょこひょこと入った。

「誕生日、おめでとう!」

面喰らった顔が、徐々にくしゃりと歪んだ。申し訳なさそうな、嬉しそうな、様々なものが混ざり合っていた。

「…覚えてて……くれたの?」
「おいおい、なんだそら。息子の誕生日を忘れる親がどこにいる」
「…もう、そんな歳じゃないよ、俺」
「いいじゃない。祝わせなさいよ」

片目の奥が揺らいだ。あ、そっか。兄貴は口から感情を出さないけど、目を見ればよくわかる。なるほどな、目は口ほどに物を言うってか。

「兄貴、誕生日…おめでとう」
「…うん、ありがとう」

肩を竦めて笑う。その仕草はさっきの夢の中の兄貴と酷似していた。やっぱり、兄貴だったんだな。兄貴は母ちゃんの料理に嬉しそうに手をつけながらふと、思い出したかのように顔を向けてきた。

「そういえばシカマル」
「?」
「俺の7歳の誕生日の時な。」
「おう?」
「お前にそっくりな人を誕生日が終わる直前に見たことがあるんだ」


「シモク?ごめんね、折角の誕生日なのに」
「いいよ母さん。寝てて」
「…?なんだかご機嫌じゃない?」
「…うん、とっても変で、とっても嬉しい事があったんだ」

7歳になったシモクはヨシノを振り返り、歯を見せてニッカリと笑って見せた。


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