息子の心、母知らず



※「見守ってた」から。本編に関係ありません。ヨシノの後悔。


「名前は…シモク。シモクだ」

シカクと出会って結婚して2年目の春。太陽が真上に登る暖かい昼下がり。あたしは男の子を産んだわ。シカクより、あたしに似ていたのがすぐにわかった。鼻とか口とか。だってあたしは母ちゃんですもの。だけど目の形はシカクに似ている。小さくてふやけてて、身動ぎするその姿は。感動なんてものすら陳腐におもえる程。

苦労をしてほしくない。友達を沢山作って。
優しい子に。心の強い子に。自分の道を進み続けられるような。

たくさんの想いを込めて。あたし達はシモクと名付けたわ。



「隠遁の性質がない」
「これでは奈良家秘伝忍術が使えない」
「忍として生きれるか否か…」

シカクは言わなかったけど、あたしだって勿論知ってた。息子が奈良家に相応しい隠遁の能力を有していないこと。シカクに嫁いだ時。こうなるかもしれないってことを怖がっていた。シカクの家の看板を霞めてはならない。若かったあたしはシモクに、ほんの少しだけ失敗したと思ってしまった。きっとシモクはそんな母ちゃんに気付いてたんだね。口に出して言わなかったけれどあたしに甘えることを途端にしなくなった。大人達の会議を聞いていたのかもしれないしそれとも別になにか思う所があったのかもしれない。だけどこれだけは言えた。あたし達はまだ幼かったあんたをこの時から傷付けた。

「ヨシノ。お前の責任じゃない。」
「たけど、奈良の子どもに隠遁がないなんて」
「シモクは奈良の忍術の為に産まれたわけじゃない。そう思ってはいけないんだ」
「…、わかって、る」

シモクを産んだのはあたし。なのに矢面に立たされたのは隠遁を解さない我が子。親類の身内達に見えない後ろ指を指されてもシモクはそれをあたしやシカクに訴えることはしない。家の手伝いも積極的。言いつけもすべて筒がなく模範的に守る。常にいい子でいようとする。怒ったことなんてきっと百回にも満たない。

「シモク!?どうしたのその格好!?」
「なんでもないよ。ころんだだけだから。」
「転んでこんなに擦り切れるわけないじゃないの!」
「ほらおれ、どんくさいから」

なにをするにでも微笑を絶やすことなかった。きっと、周りの子達にやられたんだって。シモクは優しくていい子で。自分を表に出すような子じゃない。そんな性格をいいことにいじめられたんだって。頭にくるより、悲しかった。そんな分かりきった格好なのに、まだ5歳なのに。泣かない上にあたしになにも言わない。思えばこんな最初の頃からシモクは段々と離れていってた。



「隠遁。俺に素質ないんでしょ」
「そんなことねーよ。やればできる。俺の子だからな」
「…よく、言うよ」

シカマルを身篭った秋。シカクはシモクに隠遁の修行を始め出した。素質がないにしてもやはり奈良の子で。頭の回転はあたしに似ずに早かった。この頃からあんたは少しだけ荒んだ。今までの反動で、仕方ないって。干渉することが怖くて出来なくて。本当は側にいてやりたい。だけどそれは逆効果にしかならないんだって。手をのばしかけて、やめてしまった。もしかしたら、この時あたしがあんたを抱き締めてちゃんとした言葉をかけていれば。ううん、それだけじゃない。理由なんて考えないでいつもみたいに、あたしが大きな声で笑って。いつもみたいにしていたら。

「名前はシカマルだ」

隠遁の性質を持つ。シカクそっくりな2人目。嗚呼、やっぱり兄弟ね。産まれた時なんかはシモクとおんなじ。木葉病院から帰ってきた時。丁度あんたは縁側にいた。シカクに課題として出されていた影真似の修行の最中だった。

…あたしは、安心しきってた。今度こそ奈良の看板を守ることができる。もう大丈夫だって。シカクの立場も守ることができた。そして保身してしまった。……だからあんたがどんな顔であたしとシカマルを見てたかなんて、思い出せないの。多分「おかえり」や「おつかれさま」と言ってくれたかもしれない。地に足のついていない有頂天なあたしはシモクの気持ちを考えもせず、ただ笑ってたんだと思う。

「名前はシカマルよ」
「…、」

振り返ると、その運命は決まっていたのかとすら思える。だけど絶対そんなことなかった。あたしが、母ちゃんが。あんたを守らなきゃならなかったのに。あたしの存在は本来シモクにとってそうでなきゃならなかったのに。



「シモクの暗部入隊が正式に決まった」

足元が崩れた。叩き落とされたように。あたしも忍だったからわかる。暗部は火影の直轄機関でSランクの高難度任務を引き受ける組織だ。その任務内容は多岐に渡り、要人や里の護衛は勿論のこと他里との戦闘。秘密裏の工作。暗殺。なんでも丸ごとに引き受けるのが彼等だった。秘密主義で構成員の殆どが天涯孤独の訳あり者であったり、人の気を無くした者たちばかりだ。そんな中に…なぜ我が子が?アカデミーの成績が芳しくないのは通知表で知ってた。だけど、アカデミーに入ってからシモクは変わってどこか本当に楽しそうな笑顔を見せてくれてた。シカマルとも、距離をとっていたのが嘘みたいに今じゃそれはもうべったりで、それで怒ることも増えたくらいなのに。やっと、望んでいた日々が。普通の日々が送れていたのに。

「なんでよシカク…なんでシモクが!?あの子はなにもしてない、奈良家に暗部の抜栓枠はない筈!アカデミーの通知表も見たでしょ!?」
「…三代目直々の指名だ。"あるテスト"でシモクの暗部適性が見込まれたんだ」
「なんで…なんでなの…他にも生徒は沢山いる!なんであたしのシモクなの!?」

泣いたって喚いたって仕方ない。この時のシカクは食い下がらなかったから。シモクは暗部として生きる道しか残されなかった。数日後に控えていた中忍試験も破棄。信頼できる仲間達にも会うことができず。…死と隣り合わせの任務に向かい合う事しか、できない。

あたしのこれまでの行動を後悔しても今更。あの時ああしておけば。こうしておけば。そんな後悔したって、もうどうしようもない。暗部に死は付き物。もう、この瞬間でさえ恐れている事が起きている気がして。狂いそうだった。



「なに突っ立ってんのよ!はやく入んなさいよー無言で立ってるからびっくりするじゃない」

三代目とシカクの言ったことは本当だった。シモクは暗部のAランク任務の死地から戻ってきた。つまり、そういうこと。…暗部に入隊したことはシモク自身が一番ショックな筈。だからいつも通りの我が家でいる必要があった。シモクが少しでも安心できるように。

「あ………、」

だけど、その根は思うより深く根付き。

「俺…部屋戻るね。ごめん、ご飯もいい」

簡単に癒せるものではないと悟る。どうしよう。どうすればいいの?どうしたらシモクは。

そこまできて、あたしは気付いた。どうしたら、なんて。いつもそれを後回しにしてきたツケなんだって。シモクを放って、自分を選んだ。そのツケ。あたしが今の今までシモクにしてあげたことは?シモクを笑わせてやれたことは?

何回も何回も思い出そうとするけど、だめね。やってあげたことないんだから、思い出せるわけないじゃないの。




「母さん!聞いてる?」

ハッとして顔を上げた。目の前にはすっかり大人になった我が子がこっちを見つめてる。

「今度イヅルに…えっと、暗部の後輩にケーキを作ってやろうと思ってて、なんの材料をメインにしたらいいかな?」

すこしだけ、照れたように頬をぽりぽり掻く。記憶の中のシモクと同じ顔なのに、全然違う。

「俺的には庭に生えてた木苺を少し拝借して全体的にこう、ラブリーな感じで…あ、ちなみに後輩は男の子だよ。万年反抗期だからちょっと俺も反抗」

そう…あんた、今。

「シモク、あんた今幸せ?」

面喰らった顔が、少し置いた後に綻んだ。



「なに言ってるの母さん。俺は昔っから幸せだよ」


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