優しい本音が見え隠れ



※『見守ってた』より。

「お前が俺の新しいツーマンセルの相棒か。よろしく頼む」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「えーと…奈良って、奈良一族?」
「あ…はい」

腰を90度に折り曲げたのは暗部になりたての新人。地雷だったかな。声のトーンが少し下がったことから、俺はそう思った。きっと、捨てられたんだって思われた。…と、思っている。多分。別に、俺は偏見も偏った理論も持ち合わせていないから。確かに闇が広がる専門的任務を扱う部署であり、木の葉の額当ての忍よりも凄まじい忍の世界を見る。時には最下層の深淵を覗いて戻れなくなる者も、たまにいる。

「ま、同僚ってことには変わりないし」
「え?」
「気にすることじゃないよ。暗部を自分の居場所にしてしまえばいいだけだ」

この子は…どうなんだろうか。

「日向が駄目なら、日陰に入ればいい」

彼がどのような人間で、どのような環境で育ってきたのかは知らないが、暗部という隔たりが出来た今。日向に入ることは、容易ではなくなる。ならば、最初からそれでいい。この世界に入るなら、最初から人との繋がりは薄い方がいい。俺は、シモクにそう指し示した。正直、死ぬだろうと思っていた。聞けば中忍試験を受ける前に暗部に移ってきたらしい暗部は上忍・中忍・下忍で構成されているから不思議もなにもないのだけれど。それでも、暗部の任務は飛び抜けてA級からS級までの難易度最高ランクのものばかり。シモクが一番他の暗部と違うのは、人の死を見慣れていないこと。アカデミーから今の今まで、人の死を見たことがあるのだろうか。ナグラからは初陣で号泣していたと聞いている。泣くのは、決して悪いことではないが忍なら感情くらい隠すのは絶対条件。そして、シモクの動きは悪くはないがよくもない。今回のツーマンセルで感じた。殺傷レベルまで引き上げることができない。つまり、敵の致命は避けてしまうということ。あり得ない。相手は敵なのに。情けをかけまくる。そんなの、命取りだ。

「なにしてんの」
「…彼らも人間です。無闇やたらに命を奪うことは、俺には出来ません」
「任務は任務だ。その忍が里へ逃げ伸びたとしたら、また新たな刺客が現れる。殲滅ってのは暗に抑止の意味も込められているんだ」

相手も指折りの刺客を送ってきているんだ。ならばその刺客達を全て殲滅してしまえば。それは敵里への見せしめとなり、抑止力となる。初代火影から無駄な争いを避けてきた木の葉にとって、これは最善の策であるのだ。

「勝手なことをするな」

今釘を打っておかなければ。この少年は間違いなく死ぬ。…優し過ぎた、オビトのように。

「第三次忍界大戦からの小競り合いは今も続いているんだ。お前のように甘い事は言っていられない。」
「でも…」

埒があかない。あんなにオロオロしていたのに、俺に意見するのは、オビト以来だ。

「暗部の演習場に来い」

…この少年が、たとえそのお人好しが変わらなくても、生きられる方法。コンクリートの分厚い壁は冷たく。備え付けられている小さな電球は消えかけのが一つ、目立っていた。

「げほっ…っふ、ぐ…、」
「これくらいで根を上げるのか?…冗談だろ。」

カカシの膝が鳩尾にめり込んだ。震える顔で見上げた目には恐怖が宿っている。それを見ないフリしてもう一発、左頬にくれてやった。

「暗部ならこれぐらいのことで倒れたりしない。」

細っこい身体が倒れる前に腕を引っ張り、無理矢理にでも立たせた。

「お前は体術を極めるしかないんだ。俺の動きを読めるようになれ」

風遁や雷遁など、扱わないシモクが手っ取り早くできることは体術しかない。

「っ、い"っ!!!」
「もし他里に捕まったらどうする?拷問もあり得る。お前は簡単に木の葉の情報を渡すか?」
「か…し、せんぱ…ッ、!」
「そんなこと許されない」

俺の拳一つで、脚先一つで泣き出す。透明な雫が血と混ざり合ってコンクリートに落ちる。

「暗部になったからには遠い話じゃない。」

地獄のような拷問に耐える術も、教えなきゃならない。全く…なんでこんな世話焼いてんでしょ。俺。

「ひっ、う、…」

まるで俺がリンチしてるみたいじゃないの。ふと、微々たる気配を感じ、上を向いた。…嗚呼、ナグラか。相変わらず鳥の面はつけたまま。感情は読めない。パイプなどが剥き出しの壁には柵が付いており、観覧出来るようになっている。ここで暗部のカリキュラム試験を行ったりするからだ。何の用か。咎めにでも来たのか。その割りには腕を組んで見下ろすばかり。ナグラの気配を感じながら雷遁を纏った拳を腹にめり込ませた。ピキキキと小気味良い音と共に青白い光が周囲に迸る。シモクの背中を通過して下の床に亀裂が入った。我ながら、中々のことをしているとはわかっている。だけど、これはお前の為だ。

「がっ!!!!…ごほッ…あ、」

激痛に、一瞬白目を向いたシモク。お前はまだ知らないから。暗部の所業を。同じ人間だから、無闇に命は奪えない?…そんな夢みたいな理想には付き合えない。淡い電球の光では分からないかもしれないが、夜目の効くカカシには全て見えていた。全身に渡る怪我の全てはカカシによってつけられたもの。…これはただの暴力ではない。なによりシモクを暗部で生かす為だ。

「立て。シモク。」
「っ…う、く…」
「泣いても俺はやめないけど?」

いい気分はしないが、これはカカシの優しさだ。任務で死なない為の。生き延びる為の、修行。

「でも、ま。これだけやられて意識を飛ばさない所は褒めてあげる」

目をにっこりと弓なりの形にした。あれから雷遁を使っていじめ抜いたのだが、細っこい身体は俺の言葉通り、倒れることはしなかった。シモクはゆっくりだが、脚に力を入れて立ち上がろうとしている。うん、そうだ。立て。

「それにその影の能力。此処でそれだけ使えれば上等だ。」
「っ、…」
「頭で考えるだけでは敵にやられるぞ。反射で返り討ちにするくらいには、染まれ」
「情けや甘さは足枷にしかならない。」

でないと…こっちがやられるだけだ。そんなもので人と人が繋がれるなら、戦なんて起こっていない。起こって、いないんだ。

「…お、れは。そうは思いません。いつか……いつか、誰かがきっと、人と人との繋がりを証明してくれる…絶対に…!」

純粋な眼が突き刺さる。底知れぬ、シモクのどこまでも純然な感情に押されるようだ。
オビトの声がふいに耳の奥から蘇ってきた。神奈比橋の、あの日。あいつも、同じ眼で見つめてきた。いつだって、オビトが。あの言葉を胸に抱いて、今日ここまで生きてきたのに。改めて突きつけられた気がした。尻餅をついたシモクは肩で息を吐いた。血だらけの暗部服は白いはずなのに赤黒く汚れていた。

「…じゃあ俺から一つ。そんなお前にこの言葉をやる。倒れなかった褒美」
「?」
「"忍の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。…けどな。仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ"」

切れ長の目を少し丸くしてカカシを見上げる。

「…はい。カカシ、先輩」

確かに、シモクはその言葉を受け止めていた。カカシはそれを確認すると、ふっと目元を緩め、右手の雷を消しさった。それを見たシモクはとうとう限界を迎え、べしゃりと倒れた。それを合図にスタンと着地したのはナグラだ。

「やってくれたな。カカシ」
「誰かは汚れ役やんなきゃでしょ」
「行き過ぎな所も多々見られた」
「ごめーんね。」
「こいつ回収するぞ。」

ナグラとはあまり話したことはないが、かなり長いこと火影直轄暗部に従事している。シモクの腕を自分の首に引っ掛けて演習場を後にした。

「ま…ちょっとやり過ぎたかもね」

散らばる血溜まりの側にしゃがんで、ちょっとだけ反省。

「でも、暗部なら慣れて貰わないと。」

そう自分の行いを正当化させた。



「火影直轄暗部の重鎮、帰還屋の奈良シモク…か。」

あれから暫くして俺は三代目から担当上忍の命を受け、暗部を引退した。シモクの活躍はテンゾウを通して伝わってきた。決して倒れない。絶対的生命力。そして帰還率。それはいつしか火影直轄暗部の手綱になっていった。今でも、お人好しは抜けていないようだが。

「なーんかなぁ」

暗部時代。ここまで世話を焼いた後輩はテンゾウとシモクだけだ。元から他人に干渉しない性分だから。

「いつの間にか、立派になっちゃって」

あれから、10年が経とうとしている。青かった。14歳だったあの頃の少年は今はもう立派な木の葉の忍だ。時代を感じながらカカシはそっと目を閉じた。時代が変わり、シモクの言う"誰か"の足音は。もうすぐ側に来ている気がする。

「カカシせんせー!遅いってばよ!」
「いやぁ、時の流れは早いよねェ」
「なに言ってんのよカカシ先生」

シモク、お前が10年暗部で生きていられるのはお前の強さだよ。他の誰でもない。誇りを持って、前へ進んで欲しい。背中を押させて欲しい。そして出来ることならば、あいつに穏やかな日々が来るようにと。そう…願わずにはいられないのだ。


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