過ちに赦しを



※『見守ってた』より。注意してください。奈良主人公が冷たい。ダンゾウと同じタカ派の奈良主人公と奈良家族。


俺の兄貴は、俺がアカデミーに入る前に。暗部に入隊した。笑い顔すら思い出せない程に遠くの記憶。兄貴の顔はぐちゃぐちゃに潰れてどうしてもすっきり鮮明に映し出してくれない。兄貴…奈良シモクはどんな人だったっけ。今朝、兄貴とすれ違った。同じ人間かと思う程に、無機質な顔。滲み出る威圧感。完全に兄貴が廊下の角を曲がるまで、一切の息を止めていた。圧倒されるから。兄貴の放つ、気に。向こうも向こうで視線を一瞥も投げかけることなくさっさと玄関に消えた。

「っ、…はぁ、」

血を分けた、兄弟だ。なのになんでか、他人のような距離だ。それは、俺が昔をほぼ覚えていないからだろうか。

「…めんどくせぇ…」

今日は…暗部の兄貴の班と合同の任務が入っている。アスマと俺、いのとチョウジの第十班。内容は高貴なお偉いさんを大名の処へ無事に送り届ける任務だ。アスマは言わずもがな、元守護忍十二士だ。信頼も実力もある。だからこそ彼の教え子たちも共にこの任務に付かされたのだ。そして、シモクは木の葉の暗部きっての任務成功率を誇る忍である。特に護衛任務については、彼の右に出るものはいないとまで噂されている。だが…。その絶対的成功率の影には、沢山の犠牲と見限りが存在した。シモクは里を守る為なら手段は選ばない。火影直轄暗部に所属しながらも、ダンゾウと同じタカ派の思考を持っていた。なぜ。シカクも。ヨシノも。危険な思考に堕ちた息子を案じ、なんとかコミュニケーションを取ろうと躍起になったところで。シモクは適当にあしらう。二十歳を越えたのだ。今更親という存在に介入されたいとは思わないだろう。だけど。それにしても。シモクの行動は情に厚い木の葉の忍としては、異端だった。木の葉のベストを着る忍と。面を付け、感情を殺す暗部。根本から違う。シモクは、ただ暗部の掟に従事しているだけ。それだけだ。

「以上だ!必ず無事に大名様の元までお届けしろ!!散!」

要人を運ぶことは戦闘任務の次に危険率を伴うものでもある。暗部4人と、上忍1人、下忍3人。計8人構成。「あん」の門を通り過ぎたところで、アスマの隣にシモクが並ぶ。

「火影直轄暗部第2小隊隊長の"シモク"と申します。此度の任務、どうぞ宜しくお願いします」
「…あぁ、担当上忍の猿飛アスマだ。後ろはその生徒。右からチョウジ、いの、シカマルだ」
「どうぞ宜しく」

シモクは首だけシカマル達を向く。ぽっかり空いた二つの穴の奥から切れ長の目が太陽に反射した。いのもチョウジも曖昧に視線を逸らした。

「猿飛アスマさん。俺達暗部は任務遂行の為なら多少の犠牲も問いません。」
「つまり、なにが言いたいんだ?」
「貴方ならまだしも貴方の生徒のレベルまでは知りません。知らないからこそ。戦力にならないと判断した場合。俺は切り捨てる道を選びたいと思います」
「…それはお前個人の意見か」
「暗部としての意見です。この任務は思っている程簡単ではありません。火の国大名の客人。これをしくじればどうなるか分かりますよね」

アスマとシモクがシカマル達の視界から消えた。先の暗部達も、要人を乗せた籠を持ち留まる。

「あまりふざけた事を抜かすなよ」
「…ヨジ、サナ、マダイ。先に行け」
「長引きそうなら忍犬を送って下さい」
「嗚呼。行け」

すぐに走り出した暗部達の足は速い。隊長のアスマが留まる以上、シカマル達の足も止まった。

「こんなところで油を売っている暇はありません。任務中です。」
「シカマルがいるのがわからないのか!シカマルだけじゃない。いのやチョウジもいるんだぞ」

木の幹に押し付け、襟首を締め上げるのはアスマだ。普段からどっしりとした大人の男、だがこの時ばかりは違った。

「任務です。同胞が何人死のうと。任務遂行は当たり前です。それこそ里が繁栄する為の俺達、忍の定め。成功率が例え0.1%でも上がるのなら。最良の手段を選択します」
「…お前の。弟がいるんだぞ」

シモクは暫く沈黙した。アスマはそれでやっとシモクが押し黙ったと思った。やはり暗部といえども肉親を切り捨てられるわけが無いと。それは自分も出来ないからだ。…しかし。面の内から漏れた言葉に、驚愕した。

「だからなんですか」
「!!」
「弟はアカデミーを卒業した忍。下忍です。里の為に命を落としたとしたならば。それは名誉な事です。」

…信じられなかった。アスマは思わず手を離し、後退る。気にするまでもなく、シモクは口寄せした忍犬を放った。

「貴方達と俺達の考え方は根本的に違う。貴方達が、陽を浴びる木の葉なら。俺達は地中よりその大木を支える影。…貴方達のように温い考え方では、それこそ死ぬんです」

俺は死にたくありません。皮肉のように、鼻で笑ったシモクは「急ぎましょう」と促した。ぎこちなく終わった要人警護。シカマル達は憔悴していた。思い出すだけで身震いがする。…警護の差中、雨隠れの忍と遭遇したのだ。暗部2人が敵の真ん中に飛び、シモク含めるもう1人の暗部は籠を警護する為にその場は彼等に任せ、先を走る。アスマを筆頭に、第十班も籠の前衛を担当していたのだが。

「アスマさん。その下忍達。後衛に回して下さい」
「何故だ」
「死なせるつもりならば止めません。ですが前方。来ますよ」

…言い終わるや否や、激しい攻防。シモクの言う事は本当だったのだ。任務に私情はいらない。感情もいらない。火影から命令されたのは、ただ一つ。"任務遂行"。そこに、全員帰還は求められていない。シモクの目の前で仲間が倒れても。手を伸ばせる距離だったにも関わらずに見捨てた。信じられなかった。

「どうだった。兄弟水入らずの任務は」
「あいつ、忍に向いていない。机上での頭脳戦が性にあってる」
「またそんなことを」
「わざわざなんの用だ」
「親が子に話しかけちゃいけねぇのか?」
「いまさら父親面か」

シカクの言葉に苛立ったように、殺気が滲んだ。…そう。いまさら、なのだ。シモクが暗部の任務に従事しなければならなくなったのは里の方針に乗った大人と、最終的な結論、そして許可を降ろしたシカクの存在があったからだ。シカクは、シモクの暗部入隊を認めたのだ。それは寝耳に水どころではなく、あまりにも唐突であった。6日後に控えていた中忍試験もあっけなく棄権させられた。選ぶ自由もなく。ただ従ってきた。貴方達がそうしろと言ったから。貴方達が望むように、作られてやったのに。何故。そんな目で俺を見る?

「俺をどん底に落としておいて、どの口が。ならシカマルも俺と同じように落とせよ。中忍試験を棄権させて、本人の意志などいらないと突っぱねて。俺と同じようにさせてみろよ。それなら嫌かろうが忍として適正する」

シカクは痛いほど思い知ってる。息子をこうさせてしまった根本的な原因を、本当はずっと前から知っている。

「できないか。だってシカマルは猪鹿蝶だもんな。俺とは違って純粋品で、奈良家のピアスを受け継いだんだもんな!」

7年も先に生まれておきながら。何故。

「いらないなら、生まないでくれよ!!暗部に入れて厄介払いするくらいなら、最初っから…っ」

ばしり。全身全霊の力が篭った渾身の平手打ちだった。シモクの頬をぶったのは、シカク達の口論を聞きつけたヨシノだった。シカクも突然のことに口が半開きだ。

「いらないなんて誰が言ったってのよ!?ええ!?母ちゃんが腹痛めて生んだあんたが可愛くないわけないでしょうが!愛してないわけないじゃないの!!」
「…だったら、」

ドタドタ。シカマルは慌てて階段を転がり降りた。頬を真っ赤に腫らしたシモクと、対立するかのように立つ両親が居間に続く縁側にいた。

「…だったら…なんで。俺を腫れ物みたいに扱ったんだ」

いつも。いつも。いつも。シカマルが産まれてからは、更に!

「いざ産んでみたら俺が欠陥品だったからピアスが継げないと思ったんでしょ。だから現に俺は長男なのに鹿になれなかった。だからシカマルを産んだんだろ。周りの目もあるし、そりゃ俺なんかいたって仕方ないよ。だって俺奈良家の血筋なんてこれっぽっちも受け継いでないしな!!それに同情したんでしょ!?」

シモクは語尾を強めた。いざ面と向かって言うのは、初めてだった。

「知ってる、俺を最後に推奨したのは父さんだろ?理由は確か、"シモクにはこれから先、忍になったとしても中忍止まりだから、暗部で力を伸ばして貰う"だっけ?」
「っ、」
「それが俺に対して、なんて言ってるのか分かる!?忍としても使えないから精々暗部で使えるだけ使ってくださいってこと!!まだ下忍だった俺の未来を勝手に決め付けたあんた達の言葉に、いまさら愛してるだのなんだの!聞くだけで気が狂いそうになる!!!」
「あに…、」
「俺は望むようにやった!感情を殺せと言われれば殺したし、上役の物扱いにも耐えてきた!!なにもなかった俺が生きていくにはこの道しかなかったから!だからずっと、ずっと里の望むがままに働いてきたのに、っ!!」

なのに。

「なんで俺が間違ったように言われる!間違わせたのは、何処の誰だよ!必要であれば肉親をも見限ろと教えたのは誰だよ!どうしろって言うんだ!」

シモクの口から出る、初めての本音。初めての、忌み言葉だった。

「俺たちは決してお前を、」
「聞きたくないって言ってるでしょ!!気がおかしくなりそうだ!」

普段大声で怒鳴り散らすことがない。シモクの目はまるで敵を見るようだった。どんな慈愛に満ちた言葉を投げかけられようと。シモクにとっては効力のない薬、雑草に等しい。無数にあるのに、そのくせ滋養の効果は全くない。今では、その雑草を心無く踏みにじれる。暫く互いが沈黙した後、先に口を開いた。

「…俺ここ出て行くから」

そう言ってシカク達を通り過ぎたシモクはシカマルをはじめて視界に入れた。びくりと無意識に揺れた肩。しまった。と思った時には遅くて。

「…じゃあな…シカマル」

ほんの少しだけ。背中越しで、兄が寂し気に笑った気がした。ついに薄っぺらかった均衡が崩れた。泣き伏すヨシノと。とうとう自分から壊したと、じわじわと自覚するシカクの前で。シカマルは硝子戸に映る自分の顔に失笑した。…嗚呼。思い出した。兄貴は、こんな風にいつも顔を辛そうに歪めていたっけか…。


暫くして…奈良シモクが殉職した。いや、…殉職ではない。自害した。周りに散々振り回された、まさに里の道具のような生涯は自分自身が呆れ絶望し、ここで終わった。


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