わたしは今も元気です
20xx年 夏
「……1945年、太平洋戦争。または第二次世界大戦とも言うな。」
先生の言葉に耳を傾けながら、赤司はノートをきっちりと取りながら斜め前の席でこっくりこっくりと船を漕ぐ幼馴染に溜息を吐いた。授業終了の鐘が鳴り、生徒がばらけだす。
「おい雅臣。終わったぞ」
「ん…んおー…赤司、今日の範囲はなんだった?」
「範囲も理解していないのかお前は。」
雅臣は今だに眠たそうな目で赤司の背後にある黒板を見た。
「太平洋戦争か。そういえば今年は節目の年だったよな、TVで見た」
「あぁ」
「でも俺達戦争知らないから、当時のビデオとか写真とか。そういうの見ないと分からないもんだよな」
「…そうだな」
「学徒出陣が今あったら、俺多分お前を行かせねーように腕とか折ろうとするんじゃねーかな!」
赤司はほんの少しだけ目を見開いた。だがそれは一瞬のことで、すぐに口元に微笑を浮かべた。
「腕を折る?俺に一度でも、勝てたらな」
「平次っち!平次っち!ほら!クリアしたッスよー!」
「…お前、何気に強いな」
クリアの表示に紙吹雪が舞う液晶画面を向けながら黄瀬は得意気に頷いた。
「ゲーム脳ッスから」
「そんな脳味噌いらないけどな」
「ひどっ!」
「まあ、でも。悪くない」
「…へへ、よかった」
「…こっち見てへらへらすんな。線がブレる。」
平次の笑みは希少価値だと言わんばかりに黄瀬は焼き付けるようにジッと見つめてから破面した。平次は鉛筆を動かしながら動くな、と一言告げた。
「なぁ、黄瀬」
「はい?」
「俺達、昔どこかで会わなかったか?」
「……え、新手のナンパッスか」
「いや、……聞いた俺が悪かった。忘れろ」
「冗談ッスよ!あれッスかね?ソウルメイトみたいな?」
黄瀬はゲーム画面から目を離して平次に向けた。
「きっとたぶん、俺たちどこかで会ってるんスわ」
「…そんなもんか。おい黄瀬」
「はい?」
ビリリ、とスケッチブックから引き離して渡した一枚の絵。それを見て。黄瀬は何かを思い返したかのように、声を上げて笑った。
「あー暑ちぃ」
「暑いって言うから暑いんだよアホが」
「バスケなら気合入る」
「残念、体育の種目はサッカーです」
「萎えた」
「下品な」
ばたりと2人で倒れ込んで、入道雲が青い空に伸びているのを見つめた。
「俺さー」
「んー?」
「なんてーか、夏の空って好きなんだけど、嫌いなんだよな」
「なんだそりゃ。青峰、国語勉強してこい」
「同じレベルの仲だろーが」
「へいへい、どうせどんぐりの背比べだよ」
「おーい!雷蔵!試合だぞ!」
「おう。」
雷蔵は立ち上がった。どうやら雷蔵のチームと他のチームが対戦するらしい。
「んじゃ行ってくるわ。このサッカーの神、雷蔵様が。敬意を持って見送れや、青峰。」
"敬意を込めて、見送ってくれよ…戦友"
青峰の脳裏で誰かの声が重なる。そして、自分じゃない誰かが返事をする。
「"行ってこい、雷蔵"」
そのたった一言が、何故かやっと言えた言葉のように清々しく紡がれた。雷蔵は八重歯を覗かせて、ピッと敬礼の真似をした。
「正基君、紙飛行機は作れますか?」
「簡単なものなら」
白で統一された病室でこれまた真っ白い紙を手渡した黒子。
「昔、どうすれば上手く飛んでくれるのか悩みました。上手く作らないと、紙飛行機は地面に落ちてしまいますから」
「あー、あるある。小学生の時は誰しもが作ってた」
「黄瀬君は手先が器用なので、意外と飛ぶんですよ」
「うわ、意外!」
「正基君は飛行機、好きですか?」
顔を上げて問う黒子に正基は躊躇せず答えた。
「好きだよ、昔も今も」
「そうですか」
「空を飛ぶんだ。鳥のように。天高く」
「はい」
「俺には出来ない事だから」
「…いつか、いつか飛びましょうか」
「ん?」
「その時は、君に大空を見せてあげます」
「なんだそれ、パイロット免許でも取るの?」
「それもいいですね」
優しい風が吹き込む部屋で。黒子と正基の紙飛行機は、風に揺れて飛び立とうとしていた。
「誠ちーん」
「…お前、嫌味か!」
「小っこ過ぎて見えなかったー」
わざとキョロキョロと頭を振って探す振り。誠は若干青筋を立てた。
「人のコンプレックスを…お前って奴は」
「ほら行くよー、弟君の帽子買うんでしょー?」
れっつごー。紫原はベビーコーナーにずんずん進んでいく。はっきり言うと、似合わない。
「あー誠ちん、これよくね?パイナップルみたい」
「随分フレッシュな帽子だな」
「ほら、これまいう棒」
「なんでこんなお前好み揃ってるんだ?」
誠は首を捻った。捻りながら他も物色するかと歩き出したその時、紫原の大きな手がぎゅっと頭を掴んだ。
「な!なんだ!?」
「そだ、誠ちん」
「いや、なに?捻り潰しとかすんなよ!?」
「もう、黙って先に行かないでね」
「はあ?…なんだかよく分からないけど、分かったよ。行くぞ紫原」
だから頭から手離せ!そう言えば。紫原は上機嫌に笑ってみせた。
「痛ー!!!」
「全く、馬鹿なのだよお前は」
「馬鹿じゃねーし」
「たかが高飛びでよくズル剥けたものだ」
心底呆れたように溜め息を吐かれた大地は少し不機嫌に顔を歪めた。
「いいじゃねーか。緑間が手当てしてくれんだし」
「俺はお前の母親になった覚えはないのだよ」
「ぶっ!母親か!母親なのか!」
「うるさい」
「いやー、なんてーか…緑間医者が似合うよな。一気にバーっと!皆の命を救うんだ。そうだ緑間。」
緑間の視線が自分に向いたことを確認してから口を開く。なんてことない。ただのお願い事だ。
「俺がやばい時は、救ってくれない?」
「…お前は、死ぬ時は死ぬだろうからな…」
「え、はい?」
「全く、世話のかかる奴なのだよ」
眼鏡のブリッジを押し上げながら緑間の何度目かの溜め息が、消毒液の匂いが篭る保健室に響き渡った。
拝啓、70年前を生きた人。拝啓、70年前の日本を命懸けで守ってくれた人。貴方達のおかげで。私たちはいま、幸せです。