守られるはずがなかった約束

「お前は体が大きいから、戦闘機に入るかな?」
「えー、俺に合わせて作ってくれないのかなー」
「じゃあ特注だな」

誠ちんはそう言って日焼けで赤くなった頬を緩ませた。掘っ建て小屋みたいな宿舎に、ただっ広い滑走路もどき。新しいのと古いのが混ざった戦闘機。日の丸が、まるで誇らしいとでも言うようにどこを見ても存在した。俺の服にも日の丸は刺繍されていて、ちょっと鬱陶しい。こんなことを口走った暁には、こわーい大人にボコボコにされちゃうから、言わないけど。

「なに見てんの?」
「ん?ふふ、見たい?」
「うざー、勿体ぶんなし」
「はい」

すいっと差し出されたのは一枚の紙。

「半年前に生まれた弟」
「うわ、誠ちんにそっくりだね。子ども?」
「だから弟だってば」

いや、でもさ?誠ちんにそっくりだよ?生き写し?みたいな。

「そんなに似てるかな?自分じゃよくわからない」
「俺ん家も兄貴2人と姉貴1人いるんだけど俺もよく似てるーって昔言われた」
「紫原は末っ子だっけ」
「うんー」

父親合わせて男4人兵役に取られて、母さん、可哀想。…その言葉が無意識に言葉に出ていたのか。

「じゃあ帰ってやらないとな」

誠ちんはそう静かに言った。俺の手元にある写真を愛おしそうに見つめながら。

「……そうだね」

帰ろう、なんて言う誠ちんは理解しているのにしてない振りをする。俺たちの部隊がなにをやるか、知ってるのに。

「暑っちぃな、俺先に宿舎戻るわ」
「分かったー」

誠ちんは上着を腕に引っ掛けて宿舎に歩いて行った。薄汚れた背中が太陽に照らされた。そのすぐ後に、声をかけられた。なんか聞いたことある。

「紫原君、貴方もここにいたんですか」
「あれー?黒ちんだー」

丸い目を驚いたように、くわって開く黒ちん。あらら、びっくり。同じところに居たのね。黒ちん、お得意の影の薄さ活かして何処へでも逃げればいいのに。変なところで、本当にお馬鹿さん。

「まさかお互い同じ地域にいたなんて思いもしませんでした」
「そだね、奇跡ー」
「紫原君。君はいつ、空に飛び立つんですか?」
「俺にはまだその話上がってないみたい」

いつ、どの部隊が出撃するのか。そんなの、偉い人しか知らないよ。

「僕は明日です。先程教官に言われました…不思議ですね。今まで意識していなかった風や雲、雑草までも、愛おしく思えるんですから」
「…逃げちゃえば?黒ちん影薄いから分からないよ」
「…いえ、逃げるのだけは絶対に嫌だ。約束したので」
「ふぅん……寂しいね黒ちんいなくなると」
「ふふ、ありがとうございます」

黒ちんが…出撃、か。正義感強すぎなとことか、鬱陶しかったけど、別に嫌いじゃなかった。色んなことで喧嘩したけど、…嫌いじゃ、なかった。

「僕を含めて、7人が明日出撃します。紫原君、健闘を祈ってくれますか?」
「…うん、いいよ」

戦争なんて、嫌いだ。



「あれ……」

可笑しいのはすぐに分かった。出撃する人は俺たちより朝早くに起きて、戦闘機の点検に行く。偉い人のお話を聞いて、お酒なんて一杯振る舞われる。朝起きた時、周りに人はいなくて。あれ?寝過ごした?なんて思ったけど。いつもなら隣でぐーぐー寝てる筈の誠ちんの布団がきっちり畳まれてあること。背中にぞわりとしたものが這った。……なに、なに。なんで誠ちん布団畳んでんの。枕元に置いてある軍服も綺麗になくなってる。寝る前必ず見つめる弟の写真も。いや、だって俺が寝過ごしただけで……。なんで俺が寝過ごせるの。集団生活なのに、なんで俺が寝過せるの。太陽はもういい位置に上がっている。慌てて飛び起きて、宿舎を出た。毎日見る出撃の光景。今日は黒ちんが行く日なんだ。裸足のまま、靴を履く時間も惜しくて皆が集まってる広場へ辿り着いた。

「お。紫原起きたの」
「起きたのって、なんで俺ハブられてるのさ」
「一回は起こしたんだけど…誠がさ」
「誠ちん?」
「誠が、寝かせといてやれって。」
「はぁ?なんで」
「まさかお前……聞いてないの?」
「なにが」
「誠、今日の出撃に選ばれたんだよ」

知らない。そんなの知らない。油の切れたブリキみたいに首をゆっくり戦闘機に向けた。最後尾は黒ちん。順番に操縦者を確認していく。黒ちんとは逆に、…誠ちんは7機の先頭にいた。

「誠ちん!」

背が他より高い俺は目立ったみたいで、誠ちんの目が俺に移った。ずるいじゃん。教えてくれたっていいじゃん。なんでなの。誠ちんは片手を上げて俺に挨拶した。そんなのいいから、すぐにそこから降りて理由を話して欲しかった。ここに特攻隊として送られてから、そこそこ仲良くしてたのに。チビの誠ちん。操縦席に埋もれるようにして笑ってる。程なくして、旗が振られた。飛ぶ合図だ。

「誠ー!先頭の意地見せてこいよー!」
「誠ー!!」

小ちゃい誠ちんは皆にからかわれてたけど、信頼されてた。誠ちんの戦闘機が一番最初に上昇した。…誠ちん。こんなお別れもあるんだね。青空に消えていく7機を、どうにもぶつけようのない気持ちで見送った。

「紫原。明朝、出撃だ」

…でも、まぁ、いいか。俺もそこに行けばいいだけの事だし。


狭い操縦席も、俺の体の大きさじゃ別に狭いとは感じなかった。青い空が綺麗な今日。横一列で仲間と並んで飛べるのは、あと少し。雲を抜ければ、真っ青な海が広がる。その上には目標の母船が点のようにそこに存在していた。

「…よし、よし。怖くない、怖くない…」

自分に言い聞かせて、レバーに手を伸ばした。降下すればいい。たったそれだけ、それだけでいい。胸ポケットから弟の写真を取り出した。出兵の時。弟はぐっすりと眠っていた。俺のことは、知らずに育つことだろう。その寝顔を眺め、小さな紅葉のような手に指先を当てれば、きゅっと握り返してくる。俺は、お前達の未来の為に、死ねるよ。今朝の紫原は弟のことを思い出させた。毎日の訓練の疲れでぐっすりと眠る、そんなお前に弟を重ねた。紫原は、体は大きい癖にどこか無邪気な子どもみたいだから。

弟と同じく。起こさず、静かに。俺は行くんだ。

そろそろ特攻しなければ。写真を手に持ったまま隣の戦闘機から視線を感じて顔を向ければ恐怖で満ちた、俺と同じくいの青年が乗っていた。怖いんだな。怖いよな。俺も怖いよ。だけど、俺は先に行くから。弟と紫原のことを思い出したら、無意識に口元に笑みが浮かんだ。片手を上げて、これから同じことを成し遂げる同胞に向けて挨拶。機体を斜めにして降下する。敵船から飛ぶ銀の矢が機体に穴を空け、操縦席の窓を吹っ飛ばした。自分の血が目に掛かると同時に翼を撃ち抜かれた事が分かった。耳を劈くような破壊音。その衝撃で燃え上がる機体の炎と熱に包まれて。真っ青な海が眼下に広がり、恐怖のあまり目を閉じた。…欲を言っていいかな。今更だけど。

死にたくない。


紫原敦 / 守られるはずがなかった約束


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