あの人は国と命を共にした

「黒子って本当に影薄いよな、気づかなかったよ」
「僕、ずっとここに居ましたけど」
「だから影がね」

俺は昔から身体が弱く、皆と一緒に学校に行く事もあまり出来なくて。黒子テツヤ。彼は優しく、俺の存在を知ったときはここまで見舞いに来てくれた。それからは暇さえあれば俺の元へ訪れるようになった。

「?…なにかあったのか」
「何故ですか?」
「黒子らしくもなく、表情が暗いものだから」
「…正基君」
「ん?」
「学徒出陣です」

学徒出陣。日本は戦争真っ只中で。兵力不足を補うために学生を徴兵することだ。

「僕もそこへ行きます」
「…俺もッ」
「正基君は身体の事がありますから。…僕がその分働いてきます」

笑った黒子は、無理をして笑顔を作っているようにしか見えなかった。

「黒子は…どこへ行くんだ」
「今のところはわかりません。戦闘機の操縦を叩き込まれていますが」
「…」
「正基君、それまではいつも通り会いにきていいですか?」
「…当たり前、だ」

俺の体調の都合で会えないこともあったけれど、黒子が戦地へ行くその時まで。
彼を記憶に焼き付けていたかった。俺の身体がこうでなければ、黒子と共に行けるのに。それすら、叶わない。


「…だから、暫くお別れッス」

黄瀬がその目に涙の膜を浮かべて敬礼した。太陽が肌を焼く、暑い日のこと。黄瀬は黒子と同じく学徒出陣で陸軍部隊に配属になり、こことは違う軍事施設へ移動するという。

「…けど、けど俺平気ッス!友達も一緒なんで!」

俺も。俺もこんな身体でなければ。この国の為に。皆と共に行けるのに。

「あと…正基っち。手紙を頼まれてるんスわ」
「誰、から?」

黄瀬は肩掛けの鞄から少しくたびれた封筒を取り出した。複雑な顔で、神妙に渡された手紙。

「…黒子っちから」



少しだけ古い旧型の戦闘機。薄汚れた軍服に少し離れて見えるのは戦闘機を整備してくれた人や僕と同じ学生。僕は、特攻隊に選ばれた。おかしいと思った。なんで陸上の戦法じゃなくて戦闘機の操縦しかしないのかと。簡単な事。最初から特攻要員として教育させられていた。そんなの…死ぬしかないってことじゃないですか。生きて帰れる、そんな希望すらないって言われているみたいじゃないですか。特攻なんて、自爆しろと。成功は、死を意味すると。そう言っている。皆は口を閉ざして言わないけれど。日本は、もう、限界だった。こんな戦法を推奨した時点で、もう限界だということだ。

「行って参ります」

戦闘機に乗り込んでエンジンをかける。独特な臭いが充満した。窓を閉めれば熱が篭った。大きな旗と、僕達を見送る大勢の手。僕より先に6つの戦闘機が離陸した。そんな限界でも、僕達は身を、命を投じるしかない。手前のレバーを引いて、ふわりと。機体が浮くのがわかった。燃料は、おおよそ片道分。引き返すだけの燃料は、最初から積まれてなんかいない。

「…鳥になったみたいですね」

横一列。まるで渡り鳥の群れみたい。どこへも好きなところへ飛び立っていけるような。しかしそれは幻覚で。僕達はこれから燃え落ちる鉄の鳥だ。御国のためとか。名誉のためとか。いらなかった。嫌だと。死にたくないと。声を大にして、本当は。

「…!」

真っ黒い海の上。敵の艦艇を眼下にしたとき、心臓のもっと深い場所が恐怖で震えた。手袋から湧き出る汗と、無意識に零れそうになる涙。僕の隣を飛んでいた機体に目をやれば、それに乗っていた青年は僕の視線に気がつくと薄く笑った。手元には一枚の紙が握られていて。青年は片手を上げ、まるで最後の挨拶と言わんばかりに。機体を斜めにして降下していった。

「あ…!!」

光の矢が、無数に青年の乗った戦闘機目掛けて撃ち込まれる。目標は艦艇。そこに落ちる事ができれば…。それは、僕達の目標であり使命である。目の前で、仲間が死ぬ覚悟を持って、降下している。ガァァアン!!!!機体は激しい砲撃を受け、無残にも翼を撃ち抜かれ、真っ黒な水面へ吸い込まれた。凄まじい音と、水面から立ち上る黒い煙と火柱。…なんで。どうして。急に訳が分からなくなった。なんで僕…こんなところにいるんだ。

「…だ」

なんで僕は…こんな恐怖を味わっているんだ。

「ぃ…やだ」

僕は…僕は

「…死にたく、ない…!」


そんなことを言っても。
もう、後の祭り。



拝啓、正基様
体調はいかがでございますか。先刻。特攻隊への配属が正式に決まったことを、お伝え致します。名誉なことだと、お喜びください。そして、貴方に最後の挨拶も叶わないまま出兵すること、お許しください。僕は鳥となり、空へと散ります。きっと空は快晴で、今貴方の見ている空と同じなのでしょう。我儘を言うならば、もう少しだけ。貴方と色々な事を語り合いたかったです。最後に、貴方に出会えて、本当に良かった。では、行って参ります。 黒子テツヤ


黒子テツヤ / あの人は国と命を共にした


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