♀夏虫色の青春(御幸)
キーンッ。ピッチャーの投げた球がファウルで打ち上がる。
「!」
捕手の体を守るプロテクター、レガース、マスク、ヘルメット。あたしは特に球を打たれた時、マスクを片手で取って上を見上げる瞬間が好き。その綺麗な横顔が上を向くのが大好きだ。
「ファウル!」
そしてまた顔を隠してしまうけど、打たれればまたそのマスクを取って顔を見せてくれる。
あたしは御幸君の横顔だけは好き。マスクを上げる瞬間は大好き。よくよく観察してるとやっぱり御幸君はかっこいい。少し丸顔だけど、そのシュッとした鼻とか薄い唇とか、キリッとした目とか眉毛。捕手らしい強い肩に体格。普段学校で会う時は黒縁眼鏡だけど野球してる時は黄色のサングラスなんだとか。見に来なけりゃわからなかった。
「珍しいじゃん、なにしてんの?」
穏やかな声、サーモンピンク色の髪色なんて2人しかいないけどタメ口聞いてくるってことは兄の方だ。
「小湊、なにしてんのはこっちのセリフ」
「練習はもう終わりだよ、女主苗字こそなにぼんやり眺めてんの?」
そんなにぼんやりしてたのかあたし。
「あんまり見つめてるとウチの正捕手が照れて使い物にならなくなるから程々にしてよね」
「え、なんかごめん」
笑い顔が通常の小湊が本気で迷惑してるんじゃないのは雰囲気でわかる。良かった。怒らせてなくて。
「御幸なんか見てどうしたの」
「いや、御幸君の捕手のマスクあるじゃん?あれ取る瞬間の横顔が最高でさ」
「は?」
怪訝な顔。相変わらず目は見えてんのか見えてないのか。
「ふーん。女主苗字はああいうタイプ好きなんだ」
「いやぁやっぱりイケメンは得だよね」
俺にはわからないけど、とまた笑み。あたしのフェチだからね、横顔とか。
「横顔が綺麗な人と結婚したい」
「丹波とか」
「なんで丹波だよ」
小湊とフェンスを挟んで話してたら話の発端、御幸君が走ってきた。あ、防具全部取れてる。
「亮さん!倉持が呼んでますよ!」
「そう?わかった」
じゃあね。とひらりグローブを振って少し機嫌よくグラウンドに戻って行った。
「…えーと」
「あ、俺2年の御幸っていいます」
帽子をとって少しペコっと頭を下げた。
「あたし3年の女主苗字、ごめんねなんかじろじろ見ちゃって」
小湊にも分かるくらいじーっと見てたなら見られてた本人気が散ったよな…と申し訳なく思う本人目の前にしたら今更。
「え、いや!全然ッスよ!気が散ったとかそういうの全くないんで!」
「いや、でも小湊が」
「亮さんのいつもの冗談ですよ」
言われてみれば。小湊の普段の行いから思う節もある。ね?と二カッと歯を見せて笑う御幸君。あー、眩しい。
「あの、誰か待ってるんですか?」
「いや?勉強の息抜きがてら野球部を覗きに来ただけで、気がついたら終わるまで居たんだよね」
ぼんやりし過ぎだよねー。はっはっは!疲れてるんじゃないッスか?…なんだこのフレンドリーさは。御幸君マジックだな。
「御幸一也ー!!!!」
「…バカ村、空気読めっつの…」
グラウンドの方から元気よく両手をぶんぶん振る男の子と背の高い男の子が御幸君を待ってるみたいだった。
「今日はもう受けねーよ!!」
「なにぃー!!!?」
後輩、なんだろうな。グラウンドの方向いて、御幸君は背が高いから必然的にあたしの目線は上に行く。あ、すごい。横顔ベストポジション。顔の輪郭に良い感じに見える首筋。…あと少し左向けば。
「…」
フェンスの隙間から人差し指を差し込んでそのユニフォームの白い肩をとんとん、とつついた。
「え?」
オーダー通り、少し左を向いた御幸君の横顔は今まで見て来たどの横顔よりも綺麗で。
「うわー…綺麗な横顔」
「え、」
あたしは人をガン見する癖でもあるのか、じーっと見過ぎたのか御幸君の顔が少し赤くなる。あ、恥ずかしがってる。
「お、俺もう行くんで!」
「ごめんね引き止めて」
「…あの!」
さぁ、帰ったら勉強の続きだと鞄を持ち直してフェンスを離れたら後ろからストップ。
「…また、また見に来てください!」
どっちを。野球?顔?まぁ、どっちもいいか。
「いいよー!」
仲良くなれたら、もっと近くでその横顔見れるかもしれないから。
「…で、どうだった?御幸」
「へ?」
「女主苗字、良かったでしょ?」
「…もう本当勘弁してください亮さん」
「顔赤過ぎ、きもいよ」