♂君の声を奪い、僕の熱をあげる(ベルトルト)
※♂×♂表現注意
「壁が壊された時、お前、なにしてた?」
唐突だった。いつもの事だけど。この話題でそれはない。心臓がバクりとやけに大きく鼓動し、呼吸が浅くなる。手と目頭に、かっと熱が集まる。
「なに…してた?」
「うん。俺は草むしりしてた」
男主名前の出身地はウォールマリアのシガンシナ区だ。本当、気の毒だと思う。そう思わざるを得ない。
「まあ…俺の場合、爺さんと2人暮らしでさ。失うものは少なくて済んだ」
その口振りからすると、そのお爺さんはこの世にはいないと言っていい。男主名前はベッドに片足を立てて座りながら、遠くを見つめていた。訓練生だった時から、死んだ目をしていた。
「…ベルトルト、お前はなにしてた?」
静かな低い声は何故か酷く響いた。周りの部屋にコニーやサシャみたいに賑やかな面子がいないからだろう。
「僕、は…」
言い淀む。そんな僕を顔を少し傾けて見ていた男主名前は小さく手を伸ばした。僕ほどではないけど、ライナーより少しだけ高い身長。
「なにか、思い出させたなら、悪かった」
少しバツが悪そうに眉が潜められる。あ、ごめん。そういうことじゃないんだ。口下手な僕の気持ちはやっぱりつたえられない。
「爺さんがいなくなったのは辛かったが、俺にはお前がいるからな」
「え?」
「このままなにも起こらず超大型巨人も壁を破壊しに来なければ、お前の生死の心配をしなくて済むのに」
伸ばされた手は頬を、顎を伝って離れていく。それが堪らなく嫌で、つい少し乱暴気味にその手を掴んでしまう。切れ長の目を少しだけ見開いていた。
「どうした?」
「……早く、終わればいいね」
少しだけ体を前屈みにして男主名前の胸に顔を埋めた。そう…早く、君と幸せになりたい。
「そう…だな。非生産的だから、あまり喜ばれないけど」
「周りがどう思おうと構わないから」
少しだけ、強気な言葉。子どもが作れないとか体制とか、そういうものはいらない。こうして一緒にいられるなら。早く、早く。終わらせよう。兵士から戦士になろう。そして、全てが終わったら君を迎えに行こう。それまでの少しの間だけ。
「男主名前」
「なんだ?」
嗚呼。優しい瞳。この世界の綺麗なものを全て閉じ込めたような男主名前。そんな君を、そこいらの低脳な巨人に食わせはしない。兵団の人間にくれてやるつもりもない。
「愛してるよ」
「ベル、トルト…?な、離せ、ベルトルト」
首筋から鼓動が伝わる。心臓から血液を送り出す旋律。暖かい。長い指が僕の視界に絡みつく。
「な…で、やめ…、っ」
暫くその歪む顔を見つめていた。真っ赤になる顔は丁度熟れたトマトのようだった。
「男主名前、愛してるよ」
聞いたか聞いてないかわからないけど、彼はそのまま力なく腕を降ろした。
「少しの間だけ、待ってて」
これが終わったら、すぐに迎えに行くよ。そうしたら、ずっと一緒にいよう。
「僕はあの日、壁の外にいた。やらなければならない事がある」
そっとその見開いた目を閉じさせた。なにも反応しない冷たい僕の綺麗な宝石。アニと、同んなじ。
「いってくるからね」
男主名前の身体をあらかじめ掘っておいた部屋の壁の中に埋めて、僕は最後に彼に口付けた。
僕は、こんなんでも君を守りたいだけなんだ。