♂明かりを添えた道(雪村千鶴)


「土方さんの所に行く気か?」

鳥羽で敗北を喫した幕府はじりじりと後退を余儀なくされた。新選組は離散し、仲間達がバラバラになった。観察方上司の山崎さんは死んじまった。それだけじゃない。土方さんは兵を引きいて蝦夷に向かう。俺は雪村の面倒を見る為に江戸に飛ばされた。土方さんの阿呆が、俺も一戦力なのに惚れた女一人守らせる為に俺を。俺も新選組で武士を目指す者だ。確かに土方さん達とは歳も離れている。俺は若いから、あんたがそうするだろうと予測できなかった訳じゃない。でも、なんでだ土方さん。俺はあんたの為に死にたいのに。近藤さん亡き後、新選組の頭は……あんたなんだ。土方さん。

「はい……!」
「…はは、なんだよそれ。あんた一人の為に俺も江戸にいるんだけど。」

新選組に女が入るとやはりこうなる。影響されたのは土方さんだ。俺達の副長。武士に憧れた俺達の、その象徴。死ぬなら新選組の為に。俺だってそうだよ。なのに……!

「俺は新選組なのに!なんでお前のお目付け役をしなきゃならねぇ!?土方さんの所に行きたいのは俺の方だ!」

雪村千鶴。蘭方医の雪村の娘。羅刹の研究に携わっていた父親の娘だからこそ生かし、今の今まで新選組で自由にさせてきた。土方さんの気持ちがこの娘に向いたのも、幹部の皆が認めていたのも分かってる。

「俺は新選組に入った時あの人に誓ったんだよ!!死ぬなら新選組と、土方さんの為に死ぬってよォ!!!」

あんたのせいでめちゃくちゃだよ本当に。明らかにバレバレの男装。抜けないお飾りの刀。舐めているとしか思えない。

「それをなんで、あんたに邪魔されなきゃいけない!?」

変若水も。羅刹も。なにもかもを新選組を内部から破壊した。山南さん、平助、沖田さん。他の隊士達もだ。

「俺は観察方だ!直接な戦力にはならないかもしれない!山崎さんみたいに香取流を扱えないからな!だが、命掛けても、敵の内情を盗みとる事に長けてきたつもりだ…!」

新選組とともに、俺は。

「……土方さんを助けに行きましょう。貴方は私をここまで連れてきてくれました。今度は私が貴方を連れていきます!」
「俺は副長に江戸に縛り付けとけって命令されてんの。それを守る為だけにここにいんの。わかる?」
「土方さんに会いたいんでしょう」
「生意気。俺はあんたのせいでここにいるって言ってるの。命令だから。もしかしたらそれが副長の…土方さんの最後の命令かもしれないから。」

あんな顔で下してきた命令を。遂行できなきゃ死んでも詫びれない。観察方の名前に泥を塗ったら山崎さんにねちねち怒られる。……もう、そんな俺をねちっこく怒ってくるあんたも、もうこの世にいないけれど。

「ここで女として生涯大人しく暮せ。それが副長の願いでもあるし、俺の責務でもある」
「過ごしましたよ…少なくとも私達はその間、煮え切らない思いばかりを募らせました。でも、だからこそ私達は土方さんの元へ行くべきです」
「それがどういうことか分かった上?蝦夷に向かったらそこは戦地。あんたを守りきれないかもしれない」
「承知の上です。」

俺の好みは気の強い女じゃない。江戸の女は押しが強い。だから苦手なんだ。真っ直ぐ強い目を向けてくるから。馬鹿みたいに。

「……頑固な女」



蝦夷の地は広かった。函館山五稜郭が旧幕府軍の…新選組の拠点となっているという情報を掴んだ俺は雪村と共に遠回りの道を通り、五稜郭に向かっていた。蝦夷の地は肌寒く、洋装で来てよかったと思う。

「敵に相見えたら刀を抜くな。お前弱いから」
「男主名前さんは私が嫌いなんですよね」
「勿論だ。ちやほやなんかしないよ」
「ほんの少しだけ、沖田さんに似ています」
「……あ、そ。」
「私は嫌いじゃないですよ」
「別に嬉しくないけど」

土方さんの命令を無視した。切腹かも。なんでこんな事になったかな。理由は簡単。雪村に押し負けたから。ぶつくさ言って山を登ってたけど、それも終わりだと気づいた。

「……あー…これも運命かなぁ。」
「え?」
「雪村さ、こっからは一人で行ってくれない?疲れた。」
「な、なんですかそれ…?」
「俺、誰かを守って戦えるほど強くないから」

雪村って視界まで狭いの?本当に、笑っちゃうほど鈍いね。新政府軍に錦の御旗が上がった時から官軍と賊軍がひっくり返った。向こうに雪村の父親が造った変若水で羅刹にされた兵がごまんといるのも、確認済みだ。それが今目の前に現れるなんて本当に運命としか思えない。俺の運命。

「土方さんなら違ったかもしれないけど、少なくとも俺には無理。さっさと行ってよ。絶対戻って来ないでね、本気で邪魔だから」

土方さん。俺はあんたの命令を破りました。あんたの思いを踏み躙りました。でもね、こうも思うんですよ。惚れた女一人くらい、自分で守ってください。他の男なんかに委ねず、己の強い手で守って下さい。

「あんたには生きて土方さんのとこに行ってもらわなきゃ…俺が来た意味がなくなる」

なに弱気になってるんですか、柄にもない。鬼の副長が聞いて呆れますわ。

「男主名前…さん?嫌です、一緒に…!」
「それが出来たらこんな無駄な事喋ってねぇよ。」
「土方さんは…土方さんは待ってます!男主名前さんに会えるのを…絶対に待ってます!だからそんな……!」
「何勘違いしてんのか知んないけど別にあんたの為じゃないよ。…俺のため」

土方さん……俺を"拾って"くれた時、言いましたよね。

「土方さんが惚れた女なら該当するだろうよ」

だから、さっさと去って。この山を駆け上がった先は、きっと。

「男主名前さん…」
「少しの間だったけど、極々ちょっぴりだけ楽しかったよ」

分かるなあ。土方さんが惚れた理由。別に好みじゃないけど。芯が強いというか、強情というか。何言っても前向きに返してくるところとか。嗚咽が聞こえて次には駆ける足音がしたから、もう大丈夫。もう、大丈夫。

「ここで死んでも本望だ」

変若水もなにもないけど。この命最後まで新選組の為に。数多の誠の名の元に。鞘から刀を抜いて、死を目前にして何故か笑えた。




男主名前つったか?俺は土方歳三
これからよろしくな。
お前、俺のために死ぬっつったな。
なら"新選組の仲間"の為にも死ね
それが、巡って俺のためになる
新選組の為になるだろうよ

「だから、頼んだぞ。男主名前」

血を吸われる朦朧とした意識の中で。土方さんの声が聞こえた。俺……あんたの為になれたかな。雪村を守ったことは、巡り巡ってあんたの為になるか……?……なってくれなきゃ困る…そうじゃなきゃ……死に損…じゃないか。

あれ?死の淵でとうとう幻覚まで見えてきやがった。雪村と土方さんが、走ってくる姿がぼんやりと。今度は自分で守って下さいね。仲良くやって、くださいね……。

満足だった。とっても。馬鹿みたいに。


 


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