♂胸を叩く懐かしい音(赤司)


※♂×♂表現注意

『じゃあ、明日。この場所でな』
『あぁ。またな、赤司』
…この会話をしたのが、2日前。

「なにを、やってるんだ。お前は」

差した傘が降りしきる雨に打たれる。雨を吸った制服は、とても重い。足を一歩、一歩。その場所に近づける度に、その一歩が、とても重い。2日前の今、この時間。男主名前は、いなくなった。

「子どもを…助けた、だって?」

その子どもを恨むつもりも憎む気持ちも、全くないと言えば嘘になる。その子どもさえ、彼の前に現れなければ。ここに、いなければ。男主名前は僕の元に来ただろう。いつものように、第一ボタンまでしっかりしめた、きっちりとした制服姿で。

「お前が…お前が、僕の前からいなくなっただなんて、理解に苦しむよ」

…どうせ、明日…明日には、ここへ来るんだろう?葬儀はとっくに終わっているよ。僕は参列した。…そうか。もう一人の"俺"が、認めないのだ。僕は認めているのに、"俺"は断固として認めようとしない。やめてくれ。僕は、受け入れようとしているんだ。頼むから、往生際の悪い事をしないでくれ。

「…明日、」

明日には、彼は、来る。明日がだめなら、明後日。明後日がだめなら、明々後日。待つ、待つさ。待つから、"俺"は待つから。どうか、邪魔をしないでくれ。



…あれから、何十年だろう。父の会社を継いで、その後、全てを後継者に任せ赤司家の、赤司征十郎としての役目を終えた。役目を終えてからの僕は、もう一人の俺と共に、毎日欠かさずあの歩道橋へ通った。花が絶えようとしないのは、僕が毎日その歩道橋に花を添えているからだ。いつからか、花を手向けるお爺さんとして、密かに有名になりつつあるということを、この間ランニングをしている青年から聞いた。

「花を手向けるお爺さん、だって」

気づいたら、こんなに歳を取っていた。事故の面影は、一年二年そこらで直ぐになくなってしまったが、僕の目にはいつでもあの光景が見えている。救急車の音に、胸騒ぎを覚えた僕は、約束の場所のすぐそば、あの歩道橋へと向かったのだ。ボンネットがぐしゃりと潰れた黒いワゴン車。粉々に割れたガラスが辺りに広がっていた。その頃には警察がブルーシートを広げていて。救急車には、灰色のシートに包まれた人型が、静かに運ばれていった。それが、男主名前だった。ドライバー、子ども共に軽傷で済んだのに。なぜ、彼だけが。神なんてもの信じてはいないが、これがひとえに、その神が決めた運命というものなのなら、僕は。

『赤司』

僕も歳だからね。耳も遠いし、視野も狭い。ここに辿り着くのにも一体何時間経ったことか。

『赤司』

歳を取るって、こういうことか…。若い頃。あのバスケをしていた頃が今頃になって蘇る。それだけじゃない。僕の一生が、流れていく。

『ごめん』

幻聴か。何十年経っても、その声は覚えている。忘れないように、毎日が必死だった。人の記憶というのはいい加減なものだ。徐々に、徐々に、薄れていく。

『遅れて、ごめん』

…嗚呼。待っていたよ。

『迎えにきた』

そうか…ありがとう。お前に、話したい事が山ほどあるんだ。まず、…そうだな。男主名前、ゆっくり、顔を見せてくれ。堅物なお前の、堅苦しい真顔に隠れた笑みを。



「最近、花を手向けるお爺さん見ないね」
「知らないの?あのお爺さん、そこの歩道橋で亡くなったんだよ、老衰死だって」
「まじで?」
「…毎日誰かに花を手向けてたけど、その人のこと、待ってたのかなぁ、あのお爺ちゃん」


 


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