♂あなたがくれた心を大切にしまい込む(亜門)


月が一層光を放つ。眠らないであろうこの街はいつもの如くその灯りをあちこちに灯している。裏路地に入ればもうそこは誰の縄張りか。ぴたぴたと液体の落ちる音。根源に目を向ければ腹から血が滴り落ちた。こんなもの。

「…」

喰種が生まれたのは何故なのだろう。人為的削減?自然現象?陰謀?どちらにせよ、僕はその喰種なのに変わりはなく。人間に嫌悪、憎悪を向けられる存在。…人間に。僕も、人間だった。正常な思考回路、痛覚、喜び悲しみ、慈しみ、誠実。だが、誰かがそれを否定した。そして自分自身も否定した。人間の肉食べて、正常な人間です。…なんて。滑稽もいいところじゃないか。ドカドカと荒々しい革靴の音。嗚呼、人間の匂いだ。それに、さっき嗅いだな。まだ追いかけてくるなんて、余程仕事熱心に違いない。砂利が擦れて、空き缶が転がる高い音。

「…ねえ、よくしつこいって言われない」
「まぁな」

顔を顰めれば、むしろ光栄だとでも言うように勝ち気に笑うその目。喰種捜査官の白鳩だ。重そうな棍棒状の甲赫のクインケを担いでやってきた。僕が負傷したのは、こいつのせいだ。

「僕はなにもしてないじゃない。たまたま、あんたに出くわしただけで」
「白鳩がなんのためにいると思う。喰種を駆逐するためだ!」

嗚呼、こいつ。昔懐かしい熱血漢てやつだ。目をギラつかせて隙を狙っている。酷い奴だ。僕はたまたま他の喰種の喰場に入ってしまった。そのことはさして問題でもないが、巡回中の白鳩と交戦中の喰種を目撃した。巻き込まれるのは時間の問題だった。

「…いいよねあんた達って、追われて惨めに殺される恐怖なんて味わったことすらないんだ」

間違っているのは、どこのどいつだ。

「ふざけるな!家族を喰種によって喰い殺された者の、子ども達の気持ちが!お前達にはわからないだろ!!」
「そうやって押し付けられても困るんだけど…喰種に幼子がいないとでも?家族がいないとでも?あんたは僕達を虫以下に見ているが、喰種にも家族がある」

分からず屋は、どこのどいつだ。

「あんたは知らないんだ。普通に生きたかった喰種がいることも、想像を絶する空腹に耐えきれなくて泣きながら喰種の道を選んだことも」

わからない。わかるはずないでしょ。

「ねえ、死ぬってどういうことなの」

自分で自分の腹は貫けない。見てれば美味しそうな食事は生ゴミ以上の酷い味。一歩間違えれば今みたいに死の攻防。

「人間でいるより、喰種の方が生き辛いよ」

僕は、ただ。

「ねえ、教えてよ」

人ってやつを、感じてみたい。

「……行け」
「は…?」
「俺は、お前を見ていない、見たのはさっき戦った喰種だけだ」
「…いや、」
「俺は、ただ夜間徘徊する不良青年を補導しただけだ」

クインケをアタッシュケースに戻して男は言った。…見逃す、ってこと?

「だが、少しでもCCGにお前の事が知れた時は覚悟しろ、…一応お前、名前は」
「……男主名前…」
「俺は亜門」

変な、白鳩だ。



「どうにかならないの」
「なるわけねーだろ!急になんだ」

硫黄色の髪がくるりと真顔で振り返る度に跳ねた。あのときの19歳の喰種青年は成人して亜門の前に現れた。白鳩と喰種としては会わなかったが、どこか世間的に可笑しい友人の間柄を保っていた。亜門にしてみればあり得ないこと。こんなにも、自分がこの喰種を認めているなんて。

「なんでもいいんだけど、喰種は鼻が良いから闇雲に巡回するより効率良いよね」
「お前は、CCGがなんたるかを全く理解してないな」
「僕は、喰種の連携やらには所属していないから。それに就活しているんだから、昔のよしみでどうにかしてよ」
「馬鹿か」
「せっかく僕が手伝ってやるっていうのに」
「結構だ、それに本部へ入ってみろ、お前死ぬぞ」
「だからこそでしょ、命賭けてやるから手伝わせてよ、あんたのこと」
「お前は、俺がせっかくやった命を捨てる気か…」
「有効活用だよ、良くないか?CCGに喰種を狩る喰種がいても」



亜門。あんたって変な人だ。だから、そんな変人が気になって気になって、腹も減らないくらい。…いや、減るけど。あんたのお陰かな。なんだろうね。僕、学ないからどう言えばいいのか。…そうだな。初めてだったから。人に、見逃されたのも、名前を聞かれたのも、名乗られたのも。だから、恩返ししてあげる。僕意外と単純だから、嬉しいんだ。あんたが、またこうやって話してくれるから。友人って、こんな感じなのかな。とても良い。

「それとも喰種だって隠そうか」
「俺の寿命が縮むからやめろ」

道は、まだ遠そうだけど。


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