♂その笑顔がまた輝く日をずっと夢見てる(黄瀬)


人間とは不思議な生き物だ。昔は俺を崇め奉り、奉納演舞まであったというのに。今では廃れて、やってくるのは今も俺を信仰してくれる爺さんだけだ。この爺さんは昔からこの廃れた神社に毎日やってくる。俺にとっての月日の長さの感覚とは、人間の一年間を一週間にしたようなものだ。綺麗な顔がだんだん枯れるのは勿体無いものだがそれも人間なのだから仕方が無い。

『おい人間。フラフラだぞ』

神社の瓦屋根の上から頬杖ついて見下ろしながら声を掛ける。どうせ聞こえはしないだろう。

「いやぁ、…この階段も鬼畜だね。私も年を取った」

トントンと腰を叩いて境内に入ってくる。

「あぁ…ついた」

しんどいのなら来なければいいものを。どさりと階段に腰掛けた爺さんは杖を傍らに置いて暫く物思いに耽った。爺さんが動かなくなったのでひょいと飛び降りて爺さんの目の前でしゃがむ。俺ごときの力では、なにかあったときになにもしてやれないが…。

「今日もいないねえ…」

今日も?誰かと待ち合わせか?ここにくるのは爺さん、あんた一人だけど。

『爺さん、ボケてるのか?』

穏やかな顔でにこにこしている爺さんはガサガサとビニール袋を漁って桃を二つ取り出すと階段に並べた。

「孫がね、持って来てくれてねえ…昔から世話になってる神社だから、神様に届くといいんだけどねえ」

せめてお供え物は。爺さんに俺の言葉は届かない。だけど。爺さんが勝手に喋る。その話が好きだ。境内から出られない俺にとっては。

「じーちゃん!やっと見つけたッスよ!」

ゼェゼェと息を荒げてコンクリートの痛んだ階段から姿を現したのは金の髪が眩しい二枚目で。切れ長の髪色と同じ瞳は爺さんを見つけると指を指して叫んだ。なるほど、爺さんも昔は二枚目だった。爺さんの孫の容姿にも納得がいく。

「また脱走!何度目ッスか!?」
「涼太」

爺さんの顔が綻び、顔に柔らかな皺が寄る。孫の存在は可愛いと爺さんは教えてくれた。

「あれ?」

…あり得ない。昔、幼い子どもに見られた事があった。あの時はなにしてるのか、と言われた。孫の目が、確実に俺に向けられた。

「えーと…じーちゃんの友達…とか?」
『…』

見えている。これは確実に。俺は立ち上がり、神社に戻ろうと踵を返す。

「え、や、ちょ!じーちゃん!友達行っちゃうッスよ!?」
「友達?」
「さっきまでじーちゃんの側にしゃがんでた!真っ白い人!」

爺さんには俺の姿は見えない。だから孫がなにを言ってるのかわからないのだろう。孫は、次に俺を指差して爺さんを促す。

「待って下さいッス!」
『…』

参った。ここは適当に流すか逃げるか。まともに対応しようものなら爺さんは孫の奇行を目撃することとなる。

「あんたじーちゃんの友達なんスよね?」
『…』

困ったな…。返事を返しあぐねていると爺さんが立ち上がった。

「涼太には見えるのか?」
「え?いや、だってそこに…」
「…そうかそうか」

爺さんはまたにっかり笑って階段を降りようとする。

「じーちゃん!どういう事ッスか!?」
「じーちゃんが子どもの頃な、この神社で神様を見た」

どくり。思わず俺も爺さんを凝視した。

「白い髪に白い着物姿であそこの瓦屋根におってな、じーちゃん声かけたんだよ。なにしてるの、って。そしたらなぁ、答えて下さって、街を見てるって仰ったんだ。その神々しさたるや…思ったよ、神様だって」
「…」
「だけどそれきり、神様が見えんくなってね。だから毎日会いに来てたんだよ」

でも…そうかそうか神様は私の近くに居てくれてたのか

「涼太、お前に神様が見えているのなら、私の代わりに…時々でいい、神様のお相手をしてくれないか?」
「ええ!?この人の!?」

ぎょっとした目が俺に向けられる。なに言ってんだ爺さん。帰る気が失せた俺は神社の木でできた階段に座り、二人を眺めた。

「お前なら、神様も退屈せんだろう」

爺さんはまたにっかりと笑ってみせた。



『おい、フラフラじゃねーか』

神社の瓦屋根の上から頬杖ついて見下ろしながら声を掛ける。聞こえはしないだろう。

「いやぁ、…この階段も鬼畜ッスね。俺も年取ったッス」

トントンと腰を叩いて境内に入ってくる。

「あぁ…ついた」

しんどいのなら来なければいいものを。どさりと階段に腰掛けた爺さんは杖を傍らに置いて暫く物思いに耽った。爺さんが動かなくなったのでひょいと飛び降りて爺さんの目の前でしゃがむ。

「神様っちに今日は桃を持ってきたッス。孫がくれたんスよ」

俺にとっての月日の長さの感覚とは、人間の一年間を一週間にしたようなものだ。綺麗な顔がだんだん枯れるのは勿体無いものだがそれも人間なのだから仕方が無い。

「…あーあ…俺、結構長い間あんたのこと見えてたのに、20歳過ぎたら見えなくなるって…あんたなんスか、となりのトロロっスか」

俺は神だ。この小さい神社の。

「退屈してない?またいつもの瓦屋根の上に乗ってんのかな」
『…さっきまではな』
「でも、見えなくても俺のじーちゃんの側に座ってたんだから、俺の側にもいるッスよね」

ね、神様っち。

「じーちゃん!!!」
「あれ」
「あれ、じゃないよ!また脱走!何度目!?」

…まあ、退屈はしてないがな。お前達の世代が面白過ぎて。なに同じことしてんだよって。この調子だと

「…あんた、誰?じーちゃんの友達?」

ほらきた。昔は、話しかけてきたガキの存在を忘れてそのガキがあの爺さんだったと気づいたのは遅かった。

『…昔からのな』

立ち上がって涼太の孫であろう少年の頭を撫でた。

「見えるの?」

涼太がにっかり笑って孫に問うた。

「え、だって…ここに…」
「…そうッスか…ねえ?俺の代わりに、時々でいいから、神様の相手してくれないッスか?お前なら、神様も退屈はしないッスから」


 


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