♂声のない最後の約束(赤司)


「赤司…!!!」
「赤司君!」
「征ちゃん…っ」

赤司征十郎。生まれてから一度も負けなし。ピアノもヴァイオリンも、勉強も駆けっこもかくれんぼも。全てにおいて、征十郎が負けた事はない。…兄たる俺に対しても。征十郎は利口な子だ。俺の劣等感を分かっていて、その上でも尚、常勝を続ける。全てにおいて、負け続ける俺と。全てにおいて、勝ち続けるお前。征十郎とは血を分けた双子の兄弟だが、何故こんなにも似てないのか。目鼻は同じ、顔は同じだと言われる。

「死ぬな…赤司!!!」

なぜ、こんなにも俺たちは似なかったのか。目の前で仲間達に囲まれて、最期の瞬間を迎えられるお前は。なんてなんて幸せなんだろう。



「…なあ、男主名前、赤司ってこんなに簡単にいなくなっちゃうものなの?」
「…」
「オレ、赤司とバスケやっててさ、楽しかったんだ…誠凛には、負けたけど…それでも、楽しかった…」
「…なにが言いたい」

静かで、暗い病院。葉山の息遣いも、このフロア全体に響いていくよう。非常灯の緑の明かりが痛いくらい目に差し込んでくる。葉山は背凭れに預けていた背を起こした。その大きなモスグリーンがこちらをじっと見つめる。猫の眼光のように、非常灯の光に照らされてギラリと光って見えた。

「なんで赤司なの」
「…」
「なんで…っ、」

葉山は俺の容姿からそいつを探した。その瞳は、俺というものを否定した色だった。

「なんでお前じゃなくて赤司なの…!?」

知ってるんだ。慣れているんだ、そんな、存在否定。征十郎がいなくなってから。俺の存在というものは、征十郎の亡霊という形で形成された。使用人もそう思ってる。学校の奴等にも。父にも。赤司征十郎としての能力がない俺に更に失望し、絶望した。生まれた時から、俺は負けていた。永遠の負け。征十郎が、いる限り。いなくなってからもそうだ。俺は、お前の代わりでも、亡霊でもないのに。赤司男主名前という、1人の人間なのに。

「男主名前君、顔色悪いですよ…?」
「…そんなことはない」
「そんなことあるよ!テツ君も、…私も色々心配で…」

黒子と桃井は、優しい。こんななり損ないの赤司男主名前を心配してくれているんだから。疲れの原因はなんとなく解る。最近、妙な幻覚を見るようになった。急激に変わった生活のせいだろう。朝、起きる時。障子越しに人影が見える。それはゆらりと揺らめいて、静かに朝日に溶けていく。夜は勝手に本棚が倒れていたこともある。人影は俺の見た幻覚だろう。本棚も、気づかぬうちに倒したのだろう、そう思ってきたが、日を追うごとにその状況がエスカレートしていった。分かったんだ。あれこれ、俺の生活に支障を来たしてくる正体。征十郎だ。征十郎は自分より俺が生きていることが赦せないのだ。不慮の事故。征十郎がもっとも得意とする先を見る目には、あの出来事が弾き出されなかったのだろうか。

「男主名前」
「…お前は…実渕…」
「酷い顔ね…征ちゃんも、疲れが限界に達した時の顔は、こうなのかしら」

夕陽が傾く下校の差中、実渕は声をかけてきた。また、葉山の時と同じような事を言われてもなにも感じない自信があった。だが、実渕は少し違った。

「あのあとね、私達話し合ったのよ。征ちゃんが、あんな事故で亡くなるなんて納得がいかなかったから」
「それは…俺も同じだ」
「それで…やっと、分かったのよ」

実渕の表情はやけに澄んでいて。征十郎の死から、一週間部活が出来なかった奴とは思えないほど。それが、不気味な程背筋を凍らせる。一歩、距離を空けた。

「確かに貴方達は双子で一見どっちか判らないときがあったわ。だからね、間違えたのよ」
「まち…がえた?」
「ええ。間違えたの」
「どうゆう、ことだ…?」
「本当に死ぬのは、貴方だったのよ」

は…?実渕は上品に口元に手を当てて笑っている。俺があの時死ぬ筈だったと、実渕は言ったのか?そこまで人生に口出しされる覚えはない。つまりは…俺が、征十郎の人生を奪って今生きてるとでも、言いたいのか…!?

「ふざけるのも大概にしろ実渕。俺が征十郎の人生を奪ったとでも言いたいのか…?」
「納得いかないの。何故貴方ではなく征ちゃんなのか」
「…俺は、征十郎じゃない。それに征十郎の身代わり人形でもない」
「なんでよ」

びくり。情けないことに、肩が跳ねた。実渕のオーラに圧倒された。

「なんで、征ちゃんが…!!!」

その声に、俺は後ろに下がった。それがいけなかった。パーッ。劈くブレーキ音とクラクションの音。二つのオレンジ色のライト。身体が車道に出た瞬間。実渕の目が見開かれた。嗚呼…俺は、征十郎と同じことで命を落とすのか。ぐるりと視界が回って広い空が一瞬見えた。綺麗なものだ。そう思った途端、俺の身体は嫌な音を立てて宙を舞った。征十郎と同じ色の髪が青い空に不釣り合いな程、その赤が忌々しく見えた。頭から落下した俺はぴくりとも動くことが出来ずにただ目を開いていた。実渕の悲鳴が聞こえた気がするが、多分、実渕はフラッシュバックしているだけだ。俺と、征十郎の事故を。じわじわとコンクリートから赤が滲み出て来る。気持ちが悪い……


『男主名前』
『どうした征十郎』
『周りがどう言おうが、俺の兄はお前だけだ』
『急に、なんだい』
『いや…男主名前にはちゃんと伝えておかないとと思ってね。お前には、俺がいることを』


征十郎は、なにを言っていたんだっけ…?これは、走馬灯と呼ばれるものか?まだ幼さが抜け切らない顔。征十郎…。

『男主名前』
「………、」

ふわりと血だらけの手に降りてきたのは同じく血だらけの手だった。グレーの制服、洛山の制服だ。赤い髪が、嫌でもその存在を強く主張してくる。

『やはり、気づかなかったんだな。俺はお前に、ずっと警告し続けていたんだ』

警告…?棚倒したり、障子に立ったりした、あれか…?

『黒子と桃井には、なんとか虫の知らせ程度には干渉出来たんだが…すまない』
『お前を守れるだけの力は、もう残ってなかったようだ』
『実渕がこう行動することは判ったんだが…止められなかった』

ぼんやりしていてどこか光を発しているようだった。征十郎の顔はわからないが、したたっているのは血だろう。俺と同じ状態だった。そうか…お前もこうなったんだな。

『先を視る目がなんだ…肝心な時に役に立たない』
『すまない…。俺がこうなったばかりに…全ての事を任せてしまった』
『…お前が俺を疎ましく思っていることは知っていた』
『だけど、悪いが俺は負けてはいけなかったんだ、…バスケで初めて負けて、気づいたよ…』
『お前の気持ちに』
『お前はずっと、俺が居ることで絶対に勝てないと思っていただろう』
『それは間違いだ』
『お前は優しくて寛容で。人の心に寄り添える力を持っていた』
『…俺には、ないものだ』

ふざけるな。お前にも、あるじゃないか。お前は、なんだかんだ世話焼きで、回りくどいけどいつも周りをよく見ていたじゃないか。その気持ちがない奴は、そんなことしない。それは征十郎の優しさだ。優しさっていうのは、一つじゃないんだ。様々な形がある。…お前が気づいてないだけで。本当は、お前も持っている。

『…男主名前、は、本当に…寛容過ぎて嫌になるよ…俺を怒鳴りも罵りもしない』
『そんな所が…本当は好きだった』

征十郎の手がそっと瞼を覆った。

『もうおやすみ。なにを言われようとされようと、お前には必ず、……俺がついている』



「男主名前!男主名前!!」
「男主名前君!」

名前を呼ばれる。この声は、聞き間違いはないな。これは、黒子と青峰の声だ。嗚呼、黄瀬や緑間、紫原もいるのか。なんて、懐かしい。

「……聞こえているよ。久しぶりだね…お前達」
「男主名前ちん…?」

しっくりくるな。さすが双子と言うべきだ、俺の身体そのもののようによく馴染む。俺はね?男主名前…お前が羨ましかったよ。自由なお前が、羨ましかったよ。事故に遭ったのは、本当に不本意な事だったが、まさかここまで…双子の運命というものなのかもしれないね。確かに実淵や葉山がなにかしでかすだろうと思っていたが。…結果、俺はお前を手に入れた。

「なんだ?その顔は」
「…この質問をするのは、2度目になりますね…君は、誰ですか…?」

嗚呼、そういうこともあったね。それは"僕"の人格が"俺"と入れ替わった時だ。なら、俺も答えてあげよう。

「…俺は、赤司男主名前に決まっているだろう…黒子」

優しいお前は、俺が身体を奪ってもなにも言わずにこっちを見ている血だらけの、よく似た顔で。いいだろ?…入れ替わっても。お前と俺が一つになれば、もうお互い不服はないだろう…?


 


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