♂君の願いをどうか教えてね(青峰)


「おめでとうございます」

それは早朝のことだった。いつもの通りの朝、カーテンを越えて射し込む朝日が眩しい。部屋もいつもと変わらない。ハンガーに掛かっていない脱ぎ散らかしたままの服。堀北マイちゃんの写真集。一年前で止まったままの月バス。

「お迎えに上がりました」

…目の前で口元だけを上げて笑う黒服の男がいなければ。

「なんでついてくんだテメェ、ストーカーか」
「ですから、先程も申し上げた通り、私死神です、はい」

胡散臭い真ん中に"死神"と書かれた名刺を渡されてはい、そうなんですか、なんて言える人間いるか?頭がやられたストーカーにしか思えず。黒のスーツに黒のリボン付きのハット帽、白い蝶ネクタイ。取り敢えず腹をぼりぼり掻いてからカーテンを開けて床に落ちている服を掻き集めた。

「大体お前なんだよ、人の家に勝手に入りやがって」
「青峰大輝さん」
「んだよ、ストーカー」
「私は姿は残念ながら青峰大輝さんにしか見えませんので。あまり話すとご家族に奇妙に思われますよ」
「は?」

階段の一切ない部屋が青峰の部屋。扉を開ければすぐにリビングに繋がる。

「大輝、おはよう」
「え、おう、はよ」
「早く食べちゃってよ」

いつも通り過ぎて、怖くなる。申し訳なさそうに見下ろしてくるこの男を思わず凝視する。

「大輝?どうしたの」
「どうしたって…母ちゃん、こいつ見えて…」
「こいつ?……大輝、疲れてるの?」

母ちゃんが疲れてんの?そう言い返したくなるくらい。親父もいつもの通り醤油に手を伸ばしている。青峰が見えるこの男のことなど、見えていないかのように。

「…アンタ、死神なんだって?」
「はい、立派な」

青峰の月バスを除けて堀北写真集に手を伸ばす男をベッドの上からまた凝視した。

「…なあ、死神が俺になんか用?」
「先程も申し上げました。お迎えに上がりました、と。」

男は写真集からパッと手を離して胸元の内ポケットから真っ黒な手帳を取り出した。

「おめでとうございます、○月○日、午後7時32分に死亡が決まりました」
「へえ」
「あれ、驚かないんですか?」
「わかってたっつーか…なんつーかさ」

不思議な顔をした男が、急に身近な存在に思えて、思わず笑いかける。

「つーことは…あと、4日後か」
「はい、期限は4日。心残りがあるなら早めに果たすことをお勧めします」

心残り。まだ高校生の青峰にとって、心残りを厳選するのはあまりにも酷だ。

「心残り…か」
「なにもありませんか?」

後ろで手を組んで覗き込む。人間そのものの形をしている癖に。死神とは笑える。

「死神って、最後の願いとか叶えてくれるわけ?」
「いや、それはちょっと。色々無理です」
「使えねぇ…」

脱力したかのように身を乗り出していた体を戻す。男、死神はパチパチと瞬きして口を尖らせたがなにも言わなかった。

「4日なんて、随分長いのな、そんなこと言われても、なんも考えらんねーよ」
「なんでもいいんです。会いたい人とか、食べたいものとか」

なんもねえよ。青峰はそれだけ呟いた。



「あの、本当に良かったんですか」
「あ?」
「カレンダー、見てくださいよ。アンタ、本当に私の話聞いてましたか?」

カレンダーの日付の予定は、赤丸。今日が"約束の日"だ。つまり、あれから4日が経ったのだ。

「食いたいもんもなかった、会いたい奴もいなかった。」

死神は特に表情を変えなかったが、目線を少し青峰の足元に下げた。

「…バスケット、って言うんでしたっけ?」
「知らねーの?」
「好きなんじゃないんですか?」

雑誌を引き抜いて青峰の前に放った。一年前から止まったままの月バス。

「…もし、本当になにもすることがないなら、私とバスケットをしませんか?」
「できるわけねーよ。」

自分の足を見下ろした。一年前から機能しなくなった、ただそこにくっついてあるだけの存在を。爪を立てて引っ掻いても、拳を作って力一杯振り下ろしても。無言を貫くゴムのような感触を。

「俺は、バスケはもうできねえ」

一年前。大好きなバスケで、人生が変わった。出口のない闇が飲み込んだ。幼馴染が泣いた。拳を合わせあった相棒が絶望した。1on1をせがんだあいつが喚いた。チームメイト達が、揺らいだ。アンストッパブルスコアラー。点取り屋の青峰大輝。キセキの世代、エース青峰大輝。脆く、崩れていった。

「そんなことない、貴方の足は確かに動きはしない、でもまだ出来ます。バスケットできますよ。最後の7時間、どうか無駄にしないで」

ぱすっ。ベッドのシーツに埋れたのはバスケットボール。使い込んだ跡の残るバスケットボール。



「…バスケットって難しいですね」
「お前、下手くそ過ぎて話になんねー」

シュッ。綺麗な弧を描いて、ゴールに吸い込まれた。

「…貴方は強い」
「…あたりめーだ、ばーか」

午後7時29分。死亡予定時刻は7時32分。

「大丈夫です、そんな不安そうな顔しなくても」
「するわけねーだろ」
「最後は私が、傍に居ます」

無意識に震える手に、不気味な程白い手が重なる。冷たいと思ってた。死神とは不思議な存在だ。血が通っているなんて、その手がごく普通に温かいなんて。

「生まれ変わるなら、なにを希望しますか?」
「願いは叶えらんねーんだろ?」
「来世は必ず来ます、願うくらいいいでしょうよ」
「…俺はさ、」



「へい!パス!」
「おう!」

地面とバッシュが擦れる音。叩きつけられたボールはバウンドして手元に跳ねた。

「いけー!!」

赤いリングのゴールの元に全身のバネを使って高く高く跳ぶ。

「青峰ー!!!」

ああ。なんでこんなに楽しいんだバスケって。俺は、いつ、どこでか覚えてないけど。バスケが出来ないことがあった。それがなんでかわかんねーけど。確かに俺はバスケが出来なかったんだ。…まあ、いいか。俺はバスケ出来る。ボールに触れるだけで溢れてくる。俺のだけじゃないような、気持ち。バスケが、大好きだ…って。


黒のスーツに黒のハット帽。白の蝶ネクタイ。

「次は、早くに会わないことを願いますよ」


(どうか幸せに)
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