♂手と手のその間には(ラビ)


※♂×♂表現注意

「…手」
「え?なんさ?」

赤色の毛先がふわりと揺れる。翡翠の瞳を不思議そうに瞬かせて。

「なんでもない」

エクソシストの僕達はいつ死んでも仕方が無い。おかしくない。不思議ではない。

「リナリーがハートの可能性があるなら俺等でしっかり守ってやんなきゃな!」

ブックマンの癖にやたら仲間意識は随一で。ハートの可能性が出たリナリー・リーを守りたいらしい。確かにハートを千年伯爵の手に渡らせるわけにはいかないのは分かってる。

「…それ前も聞いた」

でも、なにがなんでもリナリーを優先にするのは面白くない。ラビの恋人である僕には、とても。ラビはリナリーを妹のように可愛がっているとブックマンからは聞いたけど、僕の目からすれば、やっぱり男女2人の姿は不自然じゃなくて。非生産的な僕らの関係は褒められたものではなく。周りはむしろ応援してくれるが、僕はいつも後ろめたかった。ラビのストライクゾーンは広いから。なんで女の子じゃない僕を選んだのかは分からない。ただ単に女の子みたいに扱いが難しくないからってだけかもしれない。

「そうだっけ?」

彼はブックマンJr.世界を渡る記憶の保持者。本当は、僕との関係も駄目なのに。教団の人間の僕と深く関わっても枷にしかならない。マイナスになることはあっても、プラスになることはない。

「もーちょいで江戸かぁ、男主名前の故郷さね」
「神田のでもあるよ」
「そうそう、ユウもな」

揺れる船光る水面、静かな星空。少し冷んやりした風。

「…ついたら、なんかしたいこととかある?」
「そんなことしてる余裕はさすがにないよ」
「そっか…じゃあ今度、2人でまた来ようぜ!そん時は江戸案内してくれよー!」

ラビは無邪気に笑っていた。返事の代わりに月の光を反射させる色白の頬を引き寄せて口付けたら真っ赤になって怒られた。



リナリーを優先させるのは分かっていた。それが、最善の策で、最良の判断。

「江戸、お前の故郷なんだって?」

眼帯君から聞いたよ?なんて目の前のノアの男は愉快そうに口角を上げる。

「どうよ、故郷と一緒に消えてみるっていうのは」
「…」
「死ぬのは怖いよ?」
「…もう、あってもなくても同じ命だ」

ラビは僕に見切りをつけた。僕とリナリーを瞬時に天秤にかけて、傾いた方を取った。あの槌で飛んでこない限り、僕の命を見切ったということ。ブックマンJr.として、エクソシストとして、ラビ自身として。

「…こんなつまらない終焉は初めてだ」

ノアは微笑んで右手の紫に輝く鋭利な光を僕の首目掛けて振り降ろした。なんてことはない。昔から覚悟していたことじゃないか。でも…いつか、こんな日が来ると思う反面。家族のように接してくれた教団の皆と、ラビに。おかえりとただいまが…聞きたかったし、言いたかったな…。

「バーイバイ、良い夢を」

ねえ、ラビ。僕は君の記憶の中に、少しでもいられたのかな?



次に目が覚めた時。リナリーがイノセンスの結晶に守られているのを見て安堵した。声も聞こえてくるから生きている。

「…なん、だ、これ…」

江戸が、消滅していた。瓦屋根の町並みも、夜空に映えた桜も。残った花弁が寂しそうにひらりひらりと舞うだけで。

「…男主名前」

ティキと名乗るノアとの交戦が一時途切れた時、頭で瞬時に巡らせた答えはリナリーを、ハートを護るということだった。リナリーは、仲間だ。ブックマンが仲間だのなんだの言うのは許されたものじゃない。それが上辺だけならいい。心の深いところまで感じたらアウトなのだ。

「…男主名前…」

巨大なスケートリンクに立ち竦むように。辺り一面なにもない。月だけが静かにそこにあるだけ。ちらほらエクソシストの仲間を見つける。だがそこに男主名前の姿はない。

「ジジイ!」
「ラビか」
「ジジイ!男主名前、男主名前知らねーさ!?」

ジジイや人一倍音に敏感なマリでさえ首を横に振った。まさか、…ミランダのタイムレコードの中にいなかったことで、江戸と消滅したのでは…。最悪なケースが瞬時に弾き出される。こんな時、無意識に計算し状況を把握しようとする自分の頭が嫌になる。

「呆気ねぇ終わりだったぜ」
「…てめッ………、!!!」

ティキ・ミックだ。上から声がする、顔を上げた途端、顔にポタリとなにかが落ちた。…これは…血…?

「もういらねー命なんだってさ、こんなエクソシスト初めて見たぜ」

ティキの手からなにか丸いものが落とされる。それは俺の目の前にごろりと転がった。綺麗な黒髪、黒宝石みたいな瞳。意味もなく無機質な物へと変わっていた。…なんでさ、男主名前。なんだよ、俺。最初は、こいつを利用できるかどうかで近づいた筈だろ。非生産的な俺たちは、ジジイに咎められる事もなく。ジジイも俺の思惑を知って自由にしてくれていた。科学班の皆やアレン達が応援しているのだって、単に信じていたから。…俺が男主名前を好きだって。

「嘘…だ、ろ…」
「あれ?お前ブックマンのくせにまさか動揺してんの?」

そう…ブックマンに感情はいらない。馴れ合うことで情を優先させれば、記録の邪魔になる。1番の脅威は、それだ。…なのに、なのに。どうして、俺…怒りで気が狂いそうさ。



『ラビ』

…男主名前?あれ…?おかしいな…男主名前、夢だったんかな…?なんか嫌な夢見てたんだ。お前が死んじまう、嫌な夢。…なんでそんな顔するんさ?

『ラビ、ここに来るな。来た道を戻って』

なんで?俺がハートとお前を天秤にかけたから?だからそんな突き放すような事するの?

『早く…行ってあげて』

嫌だ。お前が夢で死んだ瞬間、思ったんだ。今度は、今度こそは大切にしようって。俺は確かにブックマンjr.だけど、でも。お前一人抱えたって、構わないだろ?

『ここへ来るな、ラビ…アレン達が、リナリー達が、お前を待ってる』

…ここに残せって?ここ、なにもねーじゃねーか。

寂しいだろ。怖いだろ。俺がいなきゃ、だってお前顔に似合わず寂しがり屋だから。

『君と同じにしないで、ラビ』

嫌さ。ごめん、だから…、突き離さないで。

『…本当は聞こえてるんでしょ。さっさと起きてブックマンの後を継ぎなよ』

その指摘にびくりとする。そう、さっきからアレン達の声が聞こえるんさ。起きろ、戻ってこいと。ラビ、ラビと。

『心配しなくても寂しくないから』

そう言って笑った顔は涙が出る程切なくて、優しくて。手を伸ばしているのに、その手は男主名前に届くことなく、白い霧を掴んだ。



「ラビ!ラビ!!」
「ラビさん!」

目を開けた時。そこにはアレン達がいて。…そうだ、俺…箱舟の塔から落ちたんだ…。なんで生きてんだ…?

「…」
「良かった、本当に死んでしまったかと思いましたよ」
「死んで…?」
「ラビ、脈が弱かったんだよ?」

急に蘇生されたみたいに意識が戻って良かった。リナリーは言った。…蘇生、された。

「…リナリー、男主名前は?」
「ラビ…、男主名前は、…江戸で埋めてきたじゃない…」
「そんなはずねーよ、だって俺さっき会ったんさ、まだ満足にごめんって言えてなくて!」
「頭でも打ったかバカ兎」
「ユウ、ユウは知らねぇ?ほらあいつ顔に似合わず寂しがり屋だろ?俺が行かなきゃ」
「ラビ、現実を見てください」
「現実?」
「男主名前はティキに…そして江戸で一緒に埋葬したじゃないですか…残った桜のすぐ下に」
「…アレンの方がおかしいさ、だってあれは」

全部、俺の夢なんだろ?嗚呼、いつからここまで浸食されたんさ…俺は。


 


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -