03
月明かりが、部屋を照らした。そのことに気付いたとき、部屋の中にある気配にようやく気付く。
「First name」
私が気付くのを待っていたかのように、そして当たり前のように名前を呼んだ声に背筋に走った悪寒が身体を硬直させる。
名前は呪いだ。何か呪文をかけられたのかもしれないし、そうではないかもしれない。ただ、名前を呼ぶという行為は良い意味でも悪い意味でも最も強い呪いだ。
ゆっくりと振り向けば、寒気が感じるほどの穏やかな笑みを浮かべた半月メガネを掛けた老人がいた。
ダンブルドアだ。可笑しいな、今の今まで寒さなんて感じなかったのに。私はローブの前を手繰り寄せた。
「ぬ、盗み見ですか?悪趣味ですね、ダンブルドア校長?」
口火を切ったのは私。寒さに耐えられそうになくて。嘘、それは心の建前に過ぎない。私は、一秒でも早くこの部屋から、ダンブルドアから逃げたかった。
私の引きつった笑みは実に滑稽だろう。
「そう、慌てるな。夜は長い」
見透かされたようや言葉にゾッとして、私は重たい体に鞭を打つように立ち上がる。
「さて、First name。君は……」
「失礼します」
言わせない。ダンブルドアの全てを拒否するように顔さえ見ず扉に向かって足を動かした。
「連れないの」
「……」
「待つのじゃ」
「……」
「君は今、何を考えておる?」
何を?
「そんなの、ダンブルドア校長お得意の開心術で見てみたらどうです?」
「それは難しい」
その言葉に私の足は憎いぐらい素直に反応する。
「難しい?」
「いつの世も迷い子の心を覗き見るのは許されぬようじゃ」
え、何?迷い子?
「何を……」
「思うに、君たちは閉心術を身に付けておるのではないじゃろうか?」
君、たち?閉心術?
たちって、誰。閉心術?そんなの身に付けてるわけない。
一瞬、謎だらけで止まってしまった足を、我に返りまた進める。
「First name、話は終わってない」
「嫌です」
「儂の話を聞くのじゃ」
「無理です」
言った瞬間、いつの間にかすぐ側にいたダンブルドアに手首を掴まれた。しわしわの手から想像もできない力で掴まれ、振り切ることができない。
「は、離して!」
「First name、聞くのじゃ」
「嫌!離して!離してよ!私は、私は」
あの哀れな少年のように、あなたの操り人形なんかになるつもりはない。
「儂の目を見るんじゃ」
「嫌!離して、離して、離して!レイ……ッ、レイ!」
私が彼の名を叫んだ瞬間ダンブルドアの手が緩み、その隙に手を引き抜いた。そして彼の待つ部屋に向かって逃げた。
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