02
翌日、部屋から一歩も出なった。もっと言えば一日中ベッドの中でシーツを被り、見えない何かに怯えるように震え続ける自身を掻き抱いた。
そんな私にレイは何も言わず何も聞かず、ただそこで私を待っていた。きっと、私が話すのを、私が助けを求めるのを。
でも、彼を気にする余裕さえなかった。脳内を占めるのは、あの鏡。もう一度、もう一度だけ、あの鏡を見たかった。そして、確かめたかった。
哀れなことに、誰よりもあの鏡に縋ってしまうこととなる。
その夜、私は誘われるように部屋を出る。あれほど寒かったのに、今夜は何も感じなかった。ハリーが鏡の部屋から出てきたのと入れ違いにあの部屋に入る。
ダンブルドアが居ることも忘れて。
「……」
見上げるほど大きな鏡。
逆さまから読めば「わたしはあなたのかおではなくあなたのこころののぞみをうつす」と枠の上に彫ってある。
寒さなんて感じないのに何故か震えている足で正面に立った。上からゆっくりと視線を下ろすしていく。そこには……。
「……ッ」
あぁ、やっぱり何も映ってはいないのか。
私の背後にある壁だけが、そこにあった。
「何で……」
溢れてしまった言葉が無残にも落ちていく。両手を冷たい鏡に当てて、吐息が鏡を白く歪めるほど近くで囁く。
「ねぇ、何で?どうしてなの?ねぇ……何で!」
誰を責めているのだろうか。無機質なそれに声を荒げても答えも応えもないというのに。
「あ、あなたは!ヒトの望みを見せるんじゃないの!?」
縋るように投げ掛けた声は震えていた。恐怖?否、ぶつけようのない怒りか。
「何で!何で!何で!何も見せないの!?私は……ッ!」
私は……。
「私は、ここにいるよ?」
そうだね。
たった一言で良いのに、それだけなのに、他に何も望んではいないのに。ただ、存在していたいだけなのに、それさえ許してはくれないのですか?
こんな、ちっぽけな望みさえ、許されないのてすか。それは……。
「私が、この世界に存在するはずのない人間だから?」
少女の泪さえ、鏡は映してくれない。この頬を伝う泪は偽りなく流れ落ちているというのに。
膝から力が抜け、崩れ落ちる。鏡に当てた両手は、いつの間にか堅く拳を握っていた。
「……いるよ。ねぇ、私、ここにいるよ」
絞り出した悲痛な声は、鏡しか存在しない広い部屋に虚しく落ちる。
「お願い、何か見せてよ。……私、ここにいるよ。私、私、ここで、生きてるでしょ?」
お願い、お願いだから。
あぁ、神様。
もう死んじゃえなんて言わないから。
「誰か、私を見つけてよ」
嘆く声さえも存在しないかのような静けさに掻き消されてしまう。
「あ、あ、あぁああああ!」
鏡が見せるのは純粋な虚無。
狂気に狂えど、ただ鏡はその存在を認めてはくれない。
[ 90/125 ][*prev] [next#]
[目次]
[栞]