11
ベッドに潜ろうとした時、本を談話室に置いてきてしまったことに気付いた。
「レイ、取ってきてー」
「自分で行け」
早々にベッドに体を埋らせているレイはもう、朝が来るまで動くことはないだろう。本当、私よりも堕落した奴だ。
「ちょっと、行ってくるから。先に寝ないでよ」
朝まで談話室に放置しておくのは心許ない。私は仕方ないと寝巻きにローブを羽織り、レイに釘を指した。しかし背を向けて、ひらひら手を振るレイに絶対寝るなと確信した。この野郎。
裸足に革靴を引っ掛けた姿は誰にも見せられないなと思っていれば談話室から声が聞こえてくる。まだ起きてる人がいたのかと運のない自分に溜め息が漏れた。
聞き覚えのある声に安心半分、面倒半分。
「やぁ、三人とも。こんばんは」
言い争い真っ最中の彼らに面倒が占めた。
あからさまに口を噤んだハリー。あえて気付かないふりをして、談話室を見渡して本を探す。
「First name、こんな時間にどうしたの?」
ハーマイオニーが気まずそうに言う。
「ちょっと、忘れ物を……あ、あった」
それは最近私の特等席となりつつある暖炉前のソファーに置き去りにされていた。ごめんね、と表紙を一撫でして大事に胸に抱える。
「それじゃあ……」
「あ、あのね!First name!実はハリーたちが!」
「ハーマイオニー!」
部屋を戻ろうとしたらハーマイオニーが何かを訴えてきた。それは少年たちに遮られてしまったけど。
「あー、ハーマイオニー?どうしたの?」
おろおろと視線を泳がすハーマイオニーに一応聞いてみる。
「あの、その……」
「ハーマイオニー。……First name、何でもないんだ」
咎めるようにハーマイオニーの名を呼び、何でもないと笑顔を作ったのはハリー。その顔に何だか寒気がした。
この物語の主人公はこんな顔ができる子だった?
ハーマイオニーには悪いけどハリーに逆らえないと思わされてしまった私は早く部屋に戻りたくて、きっと眠ってしまっているだろう彼の背中に抱きつきたくて、「そう」と小さく応えて私は螺旋階段を速足で上った。
物語の主人公に、私のようなサブキャラは逆らうことさえ許されないのか。
「どうした?」
「……べつに」
ぎゅうっと背中から抱き付いた私に、彼は起きていたらしく問い掛けてきた。振り向こうとする彼を振り向かせたくなくて、腕に力を込める。しかし、私の力なんて彼にとっては赤子のようなもので、呆気なく腕を解かれ向かい合わせになってしまった。
「どうした?」
「……苛々する」
あんな子供を怖いなんて思ってしまったことも、彼らがあそこで何を揉めていたかしらないけど、それはきっとくだらないことだということも。
私を苛立たせた。
「……生理か?」
「ちょっと、レイ。君はこんな幼女に向かって何を言うんだ」
真面目な顔で首を傾げたレイに唖然としたが、何だか可笑しくて笑ってしまった。
「あんまり考えるな。君がそんな顔をしていると、気が休まない」
「……レイ」
さらっと甘い言葉をくれる彼に、トキメキと切なさが込み上げてきた。その二つが合わさったモノの名前を私は知らない。
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