10
クィディッチシーズンの到来だ。誰かが嬉々として言った。
クィディッチが冬の競技だったなんて私は知りもしなかった。紙の上の物語は季節感を掴みずらかったのだ。それは、日本の入学式が春であるように。
「あぁ、寒」
白い息とともに零れた言葉に、羽毛たっぷりの鷹が寒さに負けず劣らずな冷めた視線を私に向けた。そんな気がした。
「はいはい、部屋に戻りますよー」
暑さよりは些かましだが、だからと言って寒さが得意なわけでもなく、手袋という武器を持ち合わせてない私はかじかんだ手に息を吐き掛けながら、大人しく鷹に従うことにした。
「あ」
この寒さの中散歩なんてしている私の頭も相当弱っていたけど、それよりも酷い子たちがいた。
何も、外で読書なんてしなくても……。読書は暖かい暖炉の前でぬくぬくのソファーとホットチョコレートと決まっている。肌触りの良い膝掛けなんてあったら、天国だ。
馬鹿じゃないのと鼻で笑い、我関せずと通り過ぎようとしたらセブルス・スネイプが三人組に近付く姿が見えて、ふと足を留める。
スネイプはハリー達の前で足を止め、見下し、本を奪い、あっという間に去って行った。そして残された少年少女はその真っ黒な背中を睨む睨む睨む。
あー、やだやだ。
マフラーを目の下まで巻き直し、いざ部屋に戻ろうとした時、可愛らしい声が私を呼び止めた。
「First name!」
「あい?」
あらあら、ハーマイオニーったらすっかり彼らの仲間入りだね。手を振るハーマイオニーに呼ばれ、私はマフラーに顔を埋めながら中庭へと足を踏み入れた。
「First name、何をしていたの?」
「レイとお散歩中。でも寒いから談話室に戻ろうかなって」
「そう」
「聞いてよ、First name。今スネイプに本を取られちゃったんだ」
「ハリー、スネイプ先生でしょ?」
「え、あ、うん」
「うん」
戸惑うハリーに、にっこり笑ってみせた。
「あ、私チュッパ持ってんだ」
「チュッパ?」
「うん」
声を揃えて首を傾げる三人の前で、ごそごそとコートのポッケを漁る。そしてチュッパを一人ずつ渡した。
「ハーマイオニーがはちみつでー、ハリーがコーラでー、ロンがグレープ」
「何だ、チュッパって棒付きキャンディのことか」
こらロン、チュッパを馬鹿にすんなよ。
私はポッケに両手を突っ込み三人に背を向けて、今度こそ暖かさを求めて談話室へと向かった。
何の変哲もない、穏やかな日々。
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