08
ギリシャ彫刻のように整いすぎた顔立ちの彼の横顔を飽きもせず眺める。陽は遠の昔に昇っているが、今日は休日そんな焦らなくても良いだろう。
彼は不思議な存在だ。
原作には登場しない人物。鷹になったり、人間になったり。そんな人間をこの世界で何というか私は知っているが、あえて言葉にはしない。
私だって言っていないことは沢山ある。この不確かな関係が心地良い。
闇のような翼を背負った悪魔。それで良いじゃないか。
真実が残酷なことぐらいとっくに知っているから。
「ねぇ、レイ」
囁くように問い掛けても答えてはくれない。いったいどんな夢を見ているの?
彼は眠っていることが多い。私より早く起きることもほとんどない。私も結構なお寝坊さんなのに。
すやすやと眠る姿は、どこか幼気に見える。年齢不詳だななんて苦笑した。人のことなんて私が一番言えないのに。
ふと左手首の赤い線が目に入る。随分と細くなったそれも全部彼のおかげだ。心が安定している証拠。
鼻で嗤うくらい馬鹿げた行為。何故そんな馬鹿みたいなことするんだ。そんなところじゃ死ねないし、死にたいならちゃんと死ねよ。なんて思うあっち側の住人だったのに、いつからこっちの人間になってしまったのだろう。
「……ッ」
不意に考えることを阻むような耳鳴りがした。頭の中で警報音のように鳴り響く音に、思わず両手で耳を塞いだ。
「……ッ、い、やぁ」
それは次第に頭痛を伴い、気持ち悪さが込み上げてくる。自然と硬く閉じていた瞼を何とか押し上げて、微かな隙間から見えるレイに、助けを求める。
「れ、い……」
音にならない言葉は彼に届かない。冷や汗が伝い落ち、乱れる呼吸に次第に意識が遠のいていく。
「レイ……」
「……First name?」
遠くの方で彼が私の名を呼び続ける声がした。それに安堵し、私は安安と意識を手離した。
私は何かを忘れてる。
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