02
懐かしいななんて思うのは可笑しなことだろうか。地下牢へと続く石畳の階段を下りていた。ひたひたと冷気が刺さる。腕を摩りながら暖をとるも、ようやく重たい雰囲気の鉄の扉へ着いた頃には手がすっかりかじかんでしまっていた。
「セブルスさん、失礼します」
見た目だけでなく、本当に重たい扉をぐっと押し開ければ暖かい空気がぶわっと溢れ出してきた。
「グリフィンドール10点減点」
「え」
「こんな時間に何をしているんですかな?消灯時間はとっくに過ぎた」
「え?」
突然の減点に頭が回らずに、壁に掛けられている時計を見れば確かに消灯時間が過ぎていた。談話室を出た時はまだだったなんて言い訳は通用しないだろうと思った私は素直に謝ることにした。
「申し訳ありません」
「分かればさっさと自分の寮へ戻れ」
ここまで来て結局戻るのは何だか釈然としない私は無謀にもスネイプの言葉を右から左へと流すことにした。
「ちょっと宜しいですか?」
「私の言った言葉が理解できなかったようですな?それは、やはり貴様がマグルであるためか、はたまたこの世界の者ではないという戯言のせいか……」
「……ちょっと宜しいですか」
喧嘩を売ってるつもりはない。たとえ、そうとられたとしても。
明らかに苛立ったセブルス・スネイプはいつもよりも眉間に皺を刻み私を見据えた。何のようだと目が物語っている。
「あー、残念なことに。あの素晴らしい魔法は字を書くという行為にまでは配慮してくれてなかったようで……」
「……ふん」
私の主語のない言葉を正しく理解したらしいスネイプは馬鹿らしいとでも言うかのように鼻を鳴らし、また机へと向かってしまった。
どうやら心配ないということらしい。
「そうですか。夜分、失礼しました」
「待て」
踵を返したところで呼び止められる。
「何で……ッ」
言葉に詰まる。振り向けば目の前にセブルス・スネイプがいたから。それは触れてしまいそうなぐらい近くに。
「なっ……!」
「余計なことはしていないか?」
「よ、余計なこと?」
さらに近付く顔に、後退るがすぐ後ろが扉だったため、踵が当たり逃げ場がないことに気付く。
「貴様が好きな、勇者気取りなことだ」
トンとスネイプの手が顔の真横についた。逃がさないとでも言うかのように。背が鉄の扉に付いているからだろうか、背筋に寒気が走る。
「し、してません」
それに、そんなの好きじゃない。
睨み付けるように見上げれば、スネイプは一瞬目を見開いた後、面白そうに口元に弧を描いた。ぞわりと身の毛がよだつ。
「ほぅ、良い目をするではないか」
「……ッ」
スネイプのもう一方の手が近付き、指先が私の目元を捕らえた。瞬き一つすれば目を抉られそうで私はスネイプから目を逸らすことができない。それを良いことに指が何度も目元を行き来する。その誘うような指使いに、じんわりと泪が溜まり出す。
「あ……やだ」
「何が嫌なのですかな?ちゃんと言わないと分からない」
さぞ楽しいのだろう。饒舌なスネイプにとうとう泪が一筋頬を伝い落ちた。
さらに距離がつまるスネイプの顔。
近付く近付く、近付く、あぁ、喰われる。
目を堅く瞑れば頬に湿った感触が与えられた。ざらついたそれが何かなんてすぐ予想できた。
反射的に目を開けてしまったことを後悔する。蛇のような目と視線が交じ合えば、頬を這うそれが蛇の舌のような気がした。
「あ、あ、……ッ」
焦らすような舌が唇の口角に触れた時、脳裏に横切った文字。我に返った私はスネイプを突き飛ばし地下牢から飛び出した。
穢い、穢い穢い穢い穢い、穢い!
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