05
室内は異様な匂いが充満していた。あちこちの鍋から怪しい湯気が立ち上がっている。室内を改めて見渡せば思わず顔が引きつってしまうような怪しいものばかり。まさに魔法使いの部屋だ。
今は、皆おできを治す簡単な薬の調合に夢中になっている。隣でハーマイオニーも教科書と鍋を見比べながら何やらブツブツと呟いている。
変わった子だよな、なんて私が思っても良いものだろうか。
人のこと言えないもんなーなんて、ぐつぐつ言ってる自分の鍋を見つめながら考える。
おできの薬とかあっちの世界で売ったら儲かるだろうなとか考えるのは私だけだろうか。鍋と向き合う少年少女の姿は鼻で笑っちゃうほど純粋だった。
先ほどからそんなことばかり考えて鍋は煮詰まりだしている。何故かって?干しイクサを計り、ヘビの牙を砕くのまでは良かったのだ。だけど……。
「何をしているのだね?ミスFirst name」
「……何もしてません」
そう、今は鍋を見つめるだけで何もしていない。だって、無理。
「ナメクジとか、触れません」
近くにいた生徒に聞こえたのだろう。何人かが噴きだした音がした。それをスネイプはひと睨みし黙らせる。怖っ。
「ふざけているのかね?」
「え、いや、だって触れないから」
隣でハーマイオニーがはらはらしている気配がする。いやいや、君以上に私がはらはらだよ。怖い怖い。セブルスさん、すんごく怖いよ。
俯いたまま一向に手を動かそうとしない私に痺れを切らしたのか、はたまた呆れたのか彼はあからさまに溜め息を吐いた。
「出て行きたまえ」
「え」
「やる気がない者は、いらん」
「……ッ」
教室は水を打ったように静まり返る。今や鍋の鳴る音だけが聞こえる。
「ひどい」
「ふん」
ぼそっと呟いたのが聞こえたようで、彼は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「私がお前だけを特別扱いするとでも思ったのか」
「……ッ」
そんなことはない。そんなことはないけど、だって、王道の子は皆そうだし、だって、少しぐらい……あ。
つまりは図星を突かれたわけで、急に込み上げてきた羞恥心に無意識にぎゅっと左手首を握っていた。それを目ざとく彼は気付く。
「貴様、またやったのか」
「……ッ」
「見せるのだ」
「……やっ!」
不躾に伸びてきた手に私は手を背中に隠す。
触らないで、触らないで、触らないで。ここに触れられるのは、私の心に触れるのと一緒。私を知らないくせに、知ろうともしない人が、気安く触れないで。
きっと初めて。セブルス・スネイプに向かってこんな目を向けるのは。
スネイプに対して威嚇的な態度を取る私に、今やハーマイオニーだけでなく教室にいる生徒皆が行く末を見守っていた。
そんな中、ふと頭に映像が流れ込む。
あれ、なにこれ。痛むわけじゃないのに襲う頭重感に反射的に押さえる。
「な、に?」
これ、知ってる。私は、忘れてる。思い出した。え、このタイミングで思い出すとか、私に何をさせようとしてるの?
頭を支えたままそちらを見れば、今まさにその瞬間。考える間も無く体が動いた。
「駄目!ネビル!」
ネビルが山嵐の針を入れようとしていた。彼を押しのけ、ネビルの元へと駆ける。しかし、ネビルは私の声に驚いたのか山嵐の針を鍋の中に落としてしまった。
「危ない!」
私はローブを広げ、ネビルの上に被さった。熱さと痛みが襲う中、いらないなんて言わないでなんて場違いなことを考えていた。
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