16
眩しいなと思った。朝か。朝なら起きなきゃ。
体を起こそうとしたら左手首にピリッとした痛み。それと体が異様に重くて動かせない。
「え」
思わず零れた声は出てるのかというぐらい掠れていた。
そして重たい瞼を押し上げた先には……。
「……だれ?」
「ん、起きたか?」
「え、やだ、だれ?誰?」
眠そうに目を擦るそのヒトから、ざっと後ずさる。そして気付く。自分の淫らな姿に。
「ひっ!」
ボタンさえとめられてないシャツ一枚の姿に慌ててシーツを胸元まで引っ張り上げる。幼児体型だろうと、さすがに無理。
「傷、痛むか?」
「やっ!」
そんな私の様子なんて気にした風もなく、私の左手首に向かって細い指を伸ばされる。ゾッとした。今、私の一番弱い部分だ。弱い部分が表面に出た部分だ。
「First name」
「やだ、やめて、だれ?誰?だれ?」
誰かに答えを教えてほしくて、誰かに今の状況を助けてほしくて、部屋の中を見渡してもここには私と、このヒトしかいない。
「落ち着け」
「やっ、やっ!やだ!れ、レイ!どこ!?レイ、何処!?」
髪を振り乱し救いを求めても、いつものように羽根の音はしない。
見放された?レイにまで私、見放された?
「やだ、よ……」
脱力。指の一本も動かせない。なのに体は震えることを止めてくれない。
「レイ、どこ?」
瞬きすることも忘れ、一筋の涙が頬を伝い落ちた。絞り出した言葉に縋って、祈って、求めて。
「ここにいる」
「え?」
「俺はここにいるだろう?」
先ほどよりもゆっくり、窺うように、慎重に伸ばされた指が、涙伝った頬に触れる。
冷たい、けど温かい指。
過る映像。途切れ途切れのピースが噛み合う。
「……悪魔?」
「……それはまた随分と酷い言われようだな」
細い眉を下げ苦笑した彼の手が撫でるように左手首に重なる。反射的にびくっと手を引くがそれを彼は許さない。
烏の濡れ髪、金の瞳、バスルームで見たそのヒトに間違いはない。
「痛むか?」
悲しそうに、まるで自分が痛むかのように、辛く瞼を閉じた彼に身震いした。
あぁ、なんだこれ、なんだこれ。
「あ、れ、レイ?」
「どうした?」
あぁ、やっぱりレイなんだ。
「随分と羽根が黒いとは思っていたの」
そっと傷付いてない方の手で彼の髪に触れる。
「そうか」
一変して、穏やかな朝になる。
「手当て、ありがとう」
「痛むか?」
どうやら彼にとって痛むかどうかが、とても重要らしい。この短い時間で何度も聞いてくるから。私は何だか可笑しくって笑を漏らしながら首を横に振った。
「大丈夫」
「嘘をつくなよ」
「大丈夫、だってレイが、レイがここにいるから」
大丈夫、何も、どこも、痛くないよ。
真っ白な包帯の巻かれた腕を持ち上げ、そっと彼の首に両手を回した。
抱き合えば、もっと痛くない。
だって、痛いのは……。
[ 38/125 ][*prev] [next#]
[目次]
[栞]