02
箪笥の取っ手に手をかけて、ふと気付く。
あ、もうこれが最後なんだ。今、ここを通ったらもう二度とこの先にある彼の背中を見ることはできないんだ。
このもやもやを寂しいというのだろうか。実際、寂しいと思えるほど彼と関わってはいないのに。
「まぁ、いっか」
気付かなかったことにして、私はどこでもドアな箪笥の中にダイブした。
だって、今本当に恐ろしいのは彼と離れることなんかじゃなくて、これから始まる物語なんだから。
どこかの誰かが聞いたら「言い訳でしょ?」と鼻で嗤う。
「セブルスさん、あの、短い間でしたがお世話になりました」
相変わらずな猫背の背中に何も言わず出て行くのも失礼かと頭を下げた。しばらく待ってみたものの反応なし。この野郎。
嫌味の一つでも言われるだろうと想像してはいたものの、まさかの無反応。この野郎。
「さよなら」
呆れ混じりにお別れの言葉を告げ、部屋を横切る。態度とは反対に後ろ髪引かれるかのようにローブの裾が靡く。
「待て」
「……はい」
やっぱり言われるのか嫌味、と振り返れば鼻を擽るあの香り。
「貴様が買ったんだろう」
「え、あ、はい」
テーブルに並んだティーカップ。湯気立つそこからは香しい甘い匂い。
「餞別だ」
「……ありがとう、ございます」
一度は横切った部屋を後戻りし、恐る恐るカップを手に取る。
「あ、やっぱり」
良い香り。
ほっとするような、温まるような、よく分からないけど、そんな感じなんじゃないだろうか。
「美味しい」
香りに負けぬ美味。紅茶よりも、甘いコーヒー派の私でもぐびっと飲めるそれに思わず頬が綻ぶ。
あっというまにカップの底が見えてしまったそれを名残り惜しむように、ゆっくりとカップを元の位置に置いた。
「ご馳走様でした」
彼は何も言わない。特に何かを言って欲しいわけでもなく、紅茶を淹れてくれただけで充分だった私は今度こそ彼の部屋を後にした。
実は服装についてつっこまれる前に早々に逃げただけ。
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