08
【フローリシュ・アンド・ブロッツ書店】
天国だった。天国に来てしまったのかと眩暈がした。その眩しさと言ったらシェイクスピアの舞台以上だと私は思う。
あぁ、天国だ。
山積みにされた本、本、本。四方どこを見ても、本。楽しすぎて、ここに住み着きたいぐらいだ。
しかし、現実はそうも言ってられない。必要な教科書を買わなければ。あれも、これもと必要な物だけでも両手で抱えれば自分の顔よりも高いタワーになった。それに加え、面白そうな本を大人買い。
こんなにいっぺんに本を買うなんて初めてだ。お金があるって凄いな。
よっこいしょっとカウンターに置けば、店員のおばさんに声を掛けられた。
「ホグワーツの新入生かい?」
「あ、はい」
「おめでとう。今年は、あのハリー・ポッターも入学するらしいよ」
「え……」
無防備の状態に後ろからグサリと刺された気分だった。いきなり思い知らされたここはハリー・ポッターの世界だということ。何だか、また泣きたくなった。
私は本屋の前でウインドウに寄り掛かりながら俯いている。さっきよりもフードを深く被り、革靴を睨み付けてる。
来ない。セブルスさんが来ない。ここで待ってろって言ったのに全然来ない。
どうしたんだろう。用事、長引いてるのかな?
最初はそんなことを思っていた私も今は唇を噛み締めながら革靴を睨み付けてるだけ。
何で来ないの?置いてかれた?私、遅すぎた?だから、先帰っちゃったの?そんな、酷い。私、一人じゃ帰れないのに。
あの人ならやりかねないということを知っている私はもうほとんど彼を信じてなかった。
酷い、酷い、ひどい!
泣いちゃうぞ!
冗談じゃなくて、泣きそうになった私はさらに強く唇を噛み締めた。
「……ッ」
じんわりと広がる鉄の味に、何かが込み上げてきた。
あ、もう、だめだ。
「おい」
はっと顔を挙げる。掛けられた声は心地よい低い声。
あぁ、彼だ。
「……何ですかな?この手は」なんて言いそうな彼は、予想外にも何も言わず、無意識のうちに彼のローブを掴んでいた手も振り払おうとはしなかった。ただ、堪えるように俯く私を驚いたように、信じられないものを見るように見下ろしていた。
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