07
ローブのフードを被り、顔を隠すように人混みの中を歩く。こうして一人で歩くと本当に魔法の世界に来てしまったのだと思う。だって、皆、三角帽子を被っているし、長いローブを身に纏っている。それに、店先に並ぶ商品がどれも普通ならばあり得ないようなものばかりだから。
ふと、花のような香りが鼻を掠めた。足を止める香りのする方へ顔を向ければ、これだけの人がいるにも関わらず、人気の少ないウインドウが目にとまる。
「紅茶、屋さん?」
こんなにも良い香りがするのに誰も見向きもしないのが不思議だった。遅くなったらきっとあの人は怒るだろう。それでも、擽られた好奇心は抑えられず私は紅茶屋さんの扉を押した。
「おや、いらっしゃい。お嬢さん」
店内にはお客は一人もおらず、店主であろう男の人がつまらなそうに欠伸を噛み締めながらカウンターに頬杖を付きながら本を読んでいた。
「こんにちは」
「へぇ、礼儀の良いお嬢さんだ。香りに誘われて迷い込んだかな?」
「……」
素直に頷けば、男の人は満足気に口の端を上げて立ち上がる。
「僕の名前はアロマ。さぁ、君の惹きつけられた香りを教えてくれ」
何やらとんでもない店に入ってしまったのではと、アロマの勢いに押され一歩後ずさった。
「あ、あの……」
苦笑を浮かべながらどうやって逃げるかを考えていたら、またあの香りがした。
「あ」
「そうか、あれだね」
ばれた。
アロマは一つの瓶を手にとった。
「どうだい?これだろう?」
これだ。この香り、本当に良い香り。
瓶に鼻を近付ければ、ぼやけていた香りが姿を表す。強過ぎる香りに酔いそうなぐらいに。
「君はこれを誰に贈るんだい?」
「え?」
「誰かに贈るんだろう?」
「どうして……」
どうして分かったんだろう。この香りを嗅いだ瞬間、彼が浮かんだことを知っているかのようにアロマは言う。
「ここにある紅茶の葉はどれも僕が育てた魔法の葉だ。その人の想いを表す香りが惹き寄せる」
「想い?」
「まぁ、簡単に言えば、疲れてる者には癒しを、愛に飢えてる者には愛をってね。そして、君はこの葉に惹き寄せられた。愛を贈るという意味を持つこの葉にね」
「あ、愛?」
「ははは、お子様にはまだ早いな。それでも、君がこの葉に惹き寄せられたのは事実。僕は君にこの葉を買ってもらいたい。さぁ、どうする?」
あ、愛?しかも、贈るって、誰に?
え、嘘。
思い浮かんだ彼に愛を贈るなんて、なんだかしっくりこなかった。恥ずかしいとか、照れるとか、そんなんじゃなくて、彼と私と愛は、何だか愛より哀って感じ。
交わらず平行を向かえそうだなと思いながらも、せっかくだから紅茶を購入した。
「どうも、まいどありー」
あ、なんか押し売りされたかも。
そう思った時は既に遅く、胡散臭いアロマの笑顔にふてぶてしい顔で一瞥し、私は紅茶屋さんを後にした。
「あ、れ?」
振り向いたそこには、もう紅茶屋さんはなかった。
「さすが、魔法の国の店」
見える物にしか見えないその店は、また見つけることができるだろうか。
予想外に足止めされてしまった私は、紅茶をポシェットに入れ、早足で本屋さんへと向かった。
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