16
咆哮。哀れな哀れな獣の孤独な叫びをどこの誰が汲み取ってくれようか。
校長室に響くのはそんな言葉にもならない叫び。誰も手など差し伸べやしない。なぜなら彼女はこの世界の異物。正義に背を向け、悪に心を寄せた彼女を誰が済おうなどと思うか。
「あっはっはっは、序章はここまで!嘆け!喚け!叫べ!足掻け!そして、孤独に絶望しろ!」
おしゃべり帽子が嗤う。
「君は囚われの屍!死して楽になれるなど愚か!愚か!愚か!生に縋り、淫らに踊れ、君はもう堕ちているのだから」
あぁ、誰か、誰か、誰か、助けて。
この狂った喜劇を止めて。
「ダンブルドア、我が輩は貴様を軽蔑する」
降ってきたのは冷たくて温かい言葉。
「フェニアス、儂は其方が何故そんなにも彼女の味方をするのか知っておる」
「何を……」
ダンブルドアが杖を振れば扉がパッと開く。そしてその向こうには杖を掲げた男が立っていた。開いた扉は焦げたあとがみるみるうちに修復されている。いつからか知らぬがこの男が扉を開けようと奮闘していたのだろう。
「First name!」
「……ッ、レイ」
男は、今やその体よりも縮こまり震えている少女の元へ真っ直ぐ駆け寄ると、その腕の中に護るようにローブを広げ隠した。白くなるほど握りしめられた少女の手が痛々しくて、少女の漆黒の髪に口づけを落とすと、そと耳をその手で覆った。
聞かないで、見ないで、知らないで、汚い僕を。
「ダンブルドア、私はあなたを軽蔑します」
「ほう、さすがとも言えるかな。今まさに同じ言葉を貰ったところじゃよ」
至極愉しそうに笑い見上げたダンブルドアの視線の先にある肖像画。
「貴様は……」
フィニアス・ナイジェラス・ブラックは男を見て息をのんだ。何故、生きているのだと。
「ダンブルドア、自分の意にそぐわないなら必要無いとでも言うのですか」
男はちらりと肖像画を見たが、すぐにダンブルドアを射竦める。だがダンブルドアには痛くも痒くもないようで、手持ち無沙汰のように長い髭を撫で始めた。
「儂は世界を救いたいのじゃ」
「世界のためなら、一人の少女などどうでも良いと」
「そうは言っとらん。じゃが、この世界の、生きている者にはかえられない」
半月眼鏡の奥に眠る瞳がギラギラと獲物を逃がさぬ獣のように覚醒していた。それは心に他者を想っての目。
「何が大切で、何を護りたいかなんて、人それぞれではいけないのですか?」
「それがいけないとは言っておらん。じゃが、私が大切に思うものと其方が大切に思うものが違うからこそ、今があるのじゃろう」
「First nameは、First nameは、私が護ります」
「好きにすれば良い」
そこに愛があるなら。
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