×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
08

駆ける彼らの背を追うこともなく、足取りは先ほどと変わらぬままゆったりと歩く。違うのは目的があるということだけ。ただそれも、逃げるように自室へと向かっているだけなんだけど。

辿り着いたそこはいつもと変わらない使い慣れた私の部屋。一年経てば所々に私色が見えはじめている。もう、そこは知らない部屋ではなくなっていた。


「レイ、ダンブルドア校長のところまで飛んで」

「……」


差し出した羊皮紙を彼はその鷹の瞳で見つめるだけで受け取る気配はない。

沈み始めた日差しが木目調の床を橙色に染めた。そこに漆黒の影が人型を象る。

思うよりも早く近くにいた影は私を閉じ込めた。その胸と無機質な壁の間に。視線を合わせるように屈んだ彼はまるでその闇色で私を覆い隠してしまうほど。頬を掠めながら壁に付いた彼の腕は檻のようで鷹に囚われた哀れな人間とでもいうのか。


「レイ?」


震える唇が彼の名を紡ぐだけで私の鼓動が煩く騒ぎだす。それがいけないことのようで、恥ずかしくて、胸元をぎゅっと握り潰した。彼の瞳は全てを見透かすように私を見る。

金色の瞳が私を射抜く。


「First name」

「あ」


紡がれた名は誰でもなく私で、たったそれだけのことのなのに安堵したのか体中の力が抜けてしまったように吐息が漏れる。

抜け殻のような私を支えることもせず彼は追い立てるように私の髪に触れる。じんわりじんわりと距離を追い詰められ、最初から逃げ道など残されてないのに彼は容赦がない。触れた髪を掬うように持ち上げれば吸い込まれるかのように口づけする。


「……ッ」


そして、そのまま私の耳に掛ければ愛撫するかのように並ぶピアスに息を零した。


「行くな」


あぁ、そんなこと言われたら頷いてしまう。


「やめて、ずるい」


渾身の意志で邪な想いを掻き消して、その瞳を見据えれば瞬間揺らいでしまう弱い意志。それを知ってか知らずか彼は面白そうに目元を弛め身を引いた。

ようやく解放されると思った刹那、影が私を喰らった。

瞬きするぐらいに触れ合った唇は、最初で最後の初めての口づけだった。


「あ、レイ……」


彼の名を呼んだ時彼はもう黒い羽を広げ闇夜に溶けて消えていた。

正義だろうと悪だろうと、私の傍にいてくれると言った彼。彼は私を愛してるの?私は彼を愛しているの?分からないよ。ただ、一つ分かっているのは、今、この瞬間、私が、彼を想っているということだけ。

[ 113/125 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[]