04
ケンタウルスが三匹。否、ここは敬意を表して三人と言うべきだろう。神話の世界のそれは実に美しく迫力満点だった。
美しく毛並みにも惚れ惚れするが、さすがは神話のそれ、顔立ちの精悍さには無条件に胸が高鳴った。
今までは思いもしなかったが、そんなそれらを実際に目にし、背に跨るなど何て愚かな行為なのだろうか。
今まさにフィレンツェの背で落ちそうになっているハリーの気がしれなかった。私はもう一人のケンタウルスの言葉に大賛成だった。
そんな言い合い余所に、私はあの人が消えた茂みの中へと足を向けた。すると鷹が鳴く。何処へ行くのかと問うているのだろう。
「ちょっと追い掛けてみようかなと」
「……」
馬鹿としか言えない行為に何か言われると思ったが、彼は何も言わず私の肩で羽を下ろした。
「いないね」
帰っちゃったのかなと思っていた時、またあの音が聞こえた。
レイが耳朶を啄ばむ。「気を付けろ」と言っている。それに頷き慎重に音のする方へ歩みを進めた。
「誰だ」
蛇の這いずるような声に反射的に跪く。頭を垂れ、あの人の威圧感に顔を挙げることができない。
「誰だ」
もう一度聞かれた言葉に震える声を絞り出す。
「何とでもお好きにお呼び下さい」
「……貴様、誰だ」
「我が君、私は、私は誰なんでしょう」
あの人と初めて出逢った夜。私の口からは、さも当たり前のように「我が君」と発せられていた。
あぁ、月明かりなど、この闇には届きはせぬのか。
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