17
消灯時間は遠に過ぎていた。雲の切れ目から覗く月明かりが玄関ホールを照らすそこに私は独り石造りの壁に寄りかかりながら夜空を眺めていた。
「レイ」
誰もいないそこに零れた音は響くこともなく落ちていく。今頃彼はぬくぬくなベッドの中で夢に落ちているだろう。私の声など届きはしないそこで。
寂しいななんて思って俯けは、月明かりに影が指す。光に浮かぶシルエットは、よく知るものだった。
もしかしてなんて不確かなものじゃない確信が私の顔を挙げさせた。
「レイ」
月を背に一羽の鷹が舞い降りた。
「呼んだか?」
羽根が漆黒のローブに変わり降り立った男はそっと微笑んだ。私の名を紡いで。
あぁ、なんて、なんて、苦しいんだろう。
喜びの中で、胸が締め付けられるそれが苦しくて苦しくて、その名を知っているけど、私はまだその名を呼ぶ勇気はない。
「一緒に、来てくれないかな」
やっぱり、あの人に会うのは正直怖い。もしかしたら、今日までかもしれないでしょう?私の物語。だったらせめて、あなたを道連れに、なんて。
「君がそれを望むなら」
ほら、彼はいつだって私の欲しい言葉をくれるじゃないか。ねぇ、許してくれる?あなたを道連れになんて恐ろしいことを思っている私を。
「レイは私の騎士だから」
「……」
「離れることなんて許さない」
しなやかに腕を差し出せば彼は私の手に自身の手を重ねる。真っ黒な瞳と金色の瞳が交合った。互いしか映らない今、この瞬間の世界は何て美しいのだろうか。
「今夜は空気がざわつく」
「そうだね」
「……」
「穏やかに見える夜は、そこに幾つもの罠を仕掛けている」
「……」
「だから静かな夜ほど、そこには上手に隠れた何かがいるの」
「……」
「闇ほど安らぎを与え恐怖に染めるものはないわ」
独りの夜は、いつだって闇が寄り添ってくれていた。でも、独りの夜は私に恐怖も与える。
独りは嫌なのに、だんだんと闇に慣れる自分が恐ろしい。でも、今も私に寄り添うのは闇だけ。
闇を切り裂き、世界を照らす月はない。
私の世界は闇が支配している。
そんな闇を既に心地よいと感じてしまう私はもう後戻りはできない。
あぁ、神様なんてやっぱり……。
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