08
手首から滴るアネモネの泪を恍惚に見つめ、愛しむように舌先でそっと舐め上げた。
二度目の起床は見慣れた自室でもなく、ダンブルドアの部屋でもなく、嗅ぎなれない消毒液の臭いのする部屋だった。生憎、全てを覚えている私は、やっぱり見覚えのありそうなこの場所に両手で顔を覆った。
きっと、医務室だ。
左手首に丁寧に巻き付けられた包帯。意識を失う前にした馬鹿げた行為に自嘲の笑みが零れる。
「あー、痛いや。やっぱり夢じゃないんだ」
ダンブルドアのおかげで黒い人は魔法を解いた。しかし詰問は続く。
「だって!」
息をつく間もくれない黒い人に、とうとう私は声を荒げて反論した。
「私はこの世界の人間じゃないから!」
「何?」
「あ……」
一度出てしまった言葉を引っ込めるなんてことはできない。私は気まずく顔を伏せる。
「First name、やはりそうじゃったか」
「え?」
ダンブルドアは納得したように頷いていた。黒い人はそんなダンブルドアの反応に、こんなふざけたことを信じるのか?と瞠目している。
「それなら夢だと言ったことも肯ける」
「信じるの?」
「疑う理由がないじゃろ?」
反対に疑ってしまうぐらいあっさりした返答に恐ろしい。
「嘘、やだ、夢だよ。こんなの、夢だよ!」
そんなあっさり肯定しないで。私は否定して欲しかったのに。これを、今を、夢だと言ってほしかったのに。なのに、どうして。
信じてしまう、目の前にいる人物が恐ろしかった。
「目が覚めました?」
マダム・ポンフリー。この、医務室の主であろう。私は顔から手を外し、小さく頷いた。
「今、校長先生を呼びますからね」
そう言って数分も経たぬ内に、黒い人を従えてダンブルドアは登場した。
「気分はどうじゃね?」
「大丈夫です」
「そうか、そうか。それは何よりじゃ。して、我々は早急にことの次第に取り掛からねばならぬ」
「え、何に?」
ダンブルドアの言ってることの意味が理解てきず、聞き返す。
「つまり、君のこれからについて考えねばないのじゃよ」
「私のこれから……」
私のこれから?
もう、目の前にいる魔法使いのお爺さんも、黒い人も、夢の中の人ではないと分かっているのに、自分のこれからは何だか雲を掴むようなほど現実味がない。
「そして儂は何が一番良いか考えた」
「……」
「儂は、ホグワーツの校長アルバス・ダンブルドア。First name・Family name、君の入学を心から祝おう」
「な!校長!それは、あまりにも……」
驚きを隠せず口を挟んだ黒い人を無言で遮り、ダンブルドアは私の返答を待った。
「つまり、その、私にここの生徒をやれと?」
ダンブルドアは満足そうな笑みを浮かべうなずく。
「あー、その、とても光栄なお誘いなんですが、残念なことに私は十七才。さすがに、もう年齢的にも、見た目的にもよろしくないのでは……」
「……First nameは面白いことを言うのう?」
「え?」
ダンブルドアはローブの中から杖を出し、ひょいっと振った。すると目の前に等身大くらいの姿見が現れた。
「え、あ……あー……」
どうやら、私にはもう選ぶ道なんてないらしい。
[ 8/125 ][*prev] [next#]
[目次]
[栞]