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- ナノ -
19

シャワーの音で零は目を覚ました。うっすらと目を開ければその先にいるはずの姿はない。だとするとこのシャワーの音は彼女のものだろう。零は髪を掻き上げながら起き上がった。


「珍しいな」


彼女が先に起きることはまずなかった。さらに言えば彼女が情事後シャワーを浴びている姿など見たことがなかった。自分が部屋を出た後浴びていたのかもしれないし、自室に戻ってから浴びていたのかもしれない。

零は対して気にすることなく、もう少しシーツの海に身を沈めた。

しかし、さすがに長い。既に三十分は経過していた。零が目覚める前から入っていたとすれば長すぎる。湯に浸かるならまだしも、シャワーの音が鳴り止むことはなかった。


「……」


零は少し考えたあとシャツを羽織りシャワールームへと向かった。


「First name?」


磨りガラス越しに声を掛けてみるが返事は返ってこない。昨夜は激しく抱いてしまった。まさか倒れているのでは焦った零はドアを開けた。


「First name!」

「あ、あ……れ、い」


そこにはシャワーに打たれしゃがみこみながら必死に胸元を擦る彼女がいた。


「何、してる?」

「ち、違うの、これは違うの、や、やだ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許して!」

「落ち着け」


零は濡れることも構わず彼女の傍に膝をついた。そして細い指が真っ赤に染まるぐらい強く握り締められたスポンジを手から奪い取った。そして、そっと肩に触れれば彼女はビクリと肩を竦めた。

その双眸に映るは怯えだ。


「ごめんなさ……ッ」


触れた肩は小刻みに震えており、何より冷え切っていた。


「とにかく、もう上がれ」

「ごめ、なさ……」

「しつこいぞ」

「あっ」


思わず口に出てしまった言葉にすぐ後悔する。彼女の頬をシャワーの滴とは違う水滴が伝い落ちた。


「ごめ……ッ」


また謝ろうとした口を彼女はハッとしたように自らの手で抑えた。そして今まで手で隠していた胸元が露わになる。


「お前、それ……」


昨夜、自分が着けた赤い華は幾つもの線が刻まれ、そこからまるでアネモネの泪のように赤が滲み出ていた。


「何をしている?」


彼女の行動の真意が分からず、零の声は自分が思うよりも低く出た。


「ち、違うの、これは、これは、鳴海が、違うの!違うの!私は、嫌だって!なのに!なのに!」


零は理解した。あまりにも綺麗に嵌ったように理解した。

あぁ、この子は少し壊れてしまったんだ。
あぁ、私はこの子を少し壊してしまったんだ。

壊れた彼女がどうしようもなく愛おしく感じた。

こんな感情初めてだった。

愛おしい、愛おしい、愛おしい、あぁ、ぐちゃぐちゃに壊してしまいたいぐらい、君が愛おしい。


「First name、落ち着いて」

「ひっ、零、ご、ごめんなさ……ッ」

「大丈夫、これは僕が咲かせた華だよ」

「え……え?」

「ゆっくりで良い。さぁ、思い出してごらい。昨日の夜、僕は君を抱いた。君は僕に抱かれた。そうだろう?」

「あ、あ……」


酷く安堵したように頬を緩めた彼女に、僕はほくそ笑んだ。

あぁ、この子は僕のモノだ。


「愛してるよ、First name」


狂気に呑まれたのは彼女か彼か。それとも……。

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