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そのふざけた後ろ姿を見つけた瞬間、私は鞭豆を勢い良く振り下ろした。まるで私の意思を理解してるかのように真っ直ぐそいつの背中に向かって伸びていく。殺気を感じたのか振り向いたそいつは驚愕していたが既に遅し、鞭豆は容赦無く襲い掛かったのだった。
「ちょっ、First nameちゃん。教師を背後から襲うなんて随分楽しそうなこと考えるね」
「黙れよ」
鞭豆が鳴海・L・杏樹の首に巻き付いていた。ギシギシと締め上げるのは別に私がしているわけじゃない。鞭豆が勝手にしているのだ。
「お前の所為だ」
「嫌なことは全部人の所為?やっぱり君は子どもだね」
「黙れよ!」
なんで、だって、私は、どうして。
ぐるぐる脳内を回る言葉にもう何も考えたくなくなる。
「First nameちゃん」
「気安く私の名前を呼ぶな!」
するりと巻き付いていた鞭が離れて、もう一度振りかぶった。が、鳴海に再び鞭が届くことはなかった。
「え、あ、何で……」
「何をしている」
振り上げた手首を掴んでいたのは他でもないペルソナ、芹生零その人だった。
「何をしてる」
「あ、だって、だって」
仮面の隙間から覗く氷のような瞳に、私の涙腺は決壊し感情が溢れだした。
「私、私、悪くない!だって、こいつが、鳴海が!嫌だって言った!言ったのに!やめてって!言ったのに!」
私の本当の姿みたいって!
First nameの言葉に零は瞠目し鳴海に視線を移した。鳴海は参ったなと苦笑している。
「いくら私でも鳴海にフェロモン使われたら抗えないもん!制御装飾だって、全部つけたままだし!ほとんどアリス使えない状態なのに!そんな!そんなところにフェロモン使われたら、私、私、嫌なのに!本当に嫌だったのに……」
ゆるゆると掲げていた手から力が抜けていく。
「ひっく、うっ、ふうぅぅぅ」
「鳴海先生、今の話は本当ですか?」
「え、あ、うん。ごめんね、芹生先生。あまりに嫌がるFirst nameちゃんが可愛いかったもんだから、つい燃えちゃって」
反省の色も見えない鳴海の声に泣きじゃくっていた私は顔を挙げて睨みつけながらまた鞭豆を掴む手に力を込めた。
「この野郎!やっぱり殺す!」
もうちょっとで抜けるところを零に背中から抱きすくめられる。胴体に回った零の片腕が簡単に私を抑え込んでいた。
「私は!私は!零だけなのに!私は零のものなのに!私は零だけのものなのに!私の名前を呼び捨てして良いのも!私の身体に触って良いのも!私のこと傷付けて良いのも!零だけなのに!私の身体も!心も!全部全部全部全部、零のものなのに!お前なんかが私の名前を口にするな!お前なんかが私に触るな!お前なんかが、お前なんかが、私にキスするなぁぁぁ!」
あぁ、もう嫌なの。
嫌われても良いの。好きになってもらわなくても良いの。愛してもらえなくても良いの。
でも、私は彼のものなの。
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