×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
03

医務室は夜のさざ波が聞こえてきそうなぐらい静まり返っていた。本当にここが白ひげ海賊団の船かと思ってしまうほどの静けさだ。

今なら全て夢だったと言われても信じてしまうかもしれない。


「夢、か……」


ポツリと零した言葉は闇に吸い込まれて消えた。


「何言ってやがる」


はずだった。

息を呑む音が聞こえた。それは誰でもない、自分自身の音。


「ど、して」


闇夜のカーテンから現れたのは、私の愛した人。


「クロコ、ダイル、さん」

「……」


名を口にしただけで肌が粟立つ。心の臓が強く早く打ち鳴らす。

First nameは消えてしまいたかった。逃げ道などないのに、逃げなきゃという衝動に駆られて逃げ道を探し頭を振った。

会わす顔なんてない。だって、私は、クロコダイルさんの子を、彼と私の偽りなき愛の証を……コロシテシマッタ。


「ひっ、あ、や……ッ。こな、で。こな、いで。見ないで、お願、い。お願……ッ」


腕を抱いた。膝を抱いた。頭を抱いた。これでもかってほど小さく小さく小さく縮こまって。

失ってしまった腕を隠した。隠すものさえないのに。


「……First name」


びくっ。


「First name」


びくっ。


「First name」

「……ッ、あ」


あぁ、名前を呼ばないで。揺らいでしまうから、消えてしまいたいという気持ちさえも、貴方に名前を呼ばれただけで揺らいでしまうから。

だから、触れられたりなんてしたら……。


「あ、あぁああああ!」


泣いてしまうよ。

どうか、どうか、どうか、私を責めて。責めて責めて責めて、突き放して。


「First name」


First nameはクロコダイルの腕の中にいた。砂の香りがした。ここは海の上、潮風の香りの方が強いはずなのに、砂の香りがした。

走馬灯のように彼と過ごした時間が巻き戻される。

First nameの黒と、クロコダイルの黒が混じる。どちらの黒か分からないくらいに。


「わ、私、私、あなたの」

「First name、お前が生きている」


それだけで充分だ。


「……ッ」


ぼろぼろと止むことのない雨がFirst nameの頬を濡らしていく。


「でも!……ッ」

「First name」


それでも、自分を許せない私は顔を挙げた。久しぶりに見た彼の黒曜石のような瞳は、あっという間にFirst nameを呑み込んだ。


「First name、俺は海賊だ。欲しいものはどんな手段でも手に入れる。許せ、俺はそういう男だ。お前を一度手離したことを謝るつもりはない。だが、それでお前の」


クロコダイルは視線を下へ、下へ下へと向けた。その視線の先はFirst nameの空虚な腹だ。クロコダイルの大きくて骨張った手がそっと腹に触れた。


「俺のガキが死んだのは俺のせいだ。お前のせいじゃねぇ。お前を護れなかった俺のせいだ」


クロコダイルの瞳はもうFirst nameの腹を見てはいなかった。その視線の先にあるのは、そう自身の手首から先がないのと同じように、否、それ以上に、肩から失ってしまったFirst nameの右腕のあった場所。


「俺を許せ、だから」


お前も、お前自身を許せ。


「あ、あ、クロコダイルさん!ごめんなさい!ごめん、な……ん!」


渇いた唇がFirst nameの唇を塞いだ。


「何度も言わせんな、許せ」


少しだけ離れた唇でそう言ったクロコダイルは、もう一度、今度は目を閉じて、じっくりと存在を確かめるように唇を重ねた。


「First name」


愛してる。


[ 345/350 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[]