17
密林と呼べば良いのだろうか。アイは鬱蒼と生い茂る緑を見上げながら思った。緑が空を覆い隠してしまっているじゃないか。
「ぼさっとしているとおいていくよい」
聞き慣れた語尾。でも、あの人よりも高い声にからかわれてるなと少しムッとしながらも素直に彼女の背中を追う。こんなところで迷子になったら待ち受けているのは死だけだ。
「足元気を付けてね」
「First nameさんこそ、転んだら一大事ですよ」
「あはは、そうじゃなくて。あ、ほら」
彼女が何かを見つけたらしく、アイの足元を指差した。その先を追えば、思わず足が止まった。
「う」
呻くような声を漏らした後、アイの絶叫が響き渡った。同時に彼女の爆笑も。
「おいおい、どうしたんだよ」
「すげぇ、声」
「First nameちゃん大丈夫!?」
またやってるなと振り返りながら苦笑しているのはオジサンクルー。なんだなんだと寄って来たのは彼女と仲がよい赤、黄、緑だ。
グリーンの言葉に大丈夫じゃないのは私だ!と内心訴えたいアイ。だけど、今は恐怖で言葉も出ず情けないことに彼女にがっちりしがみついている。
「アイちゃん、暑苦しい」
散々人で笑っていたくせに、うっとおしそうに彼女はアイを腕から引き剥がした。本当に酷い人だとアイは思った。
「あぁ、ムカデか」
レッドはさっきまでアイのブーツを這っていた大きなムカデを小枝で突っついていた。
「ねぇ、レッド。本当に大きいムカデってあれじゃない?」
突っつかれているムカデをちょっと可哀想なんて思っていたアイは今度こそ失神寸前。本当、意識を飛ばさなかっただけ褒めて欲しい。目の前には自分の背より遥かに高く、そして巨大なムカデがアイたちを今晩の夕食にでもしようと待ち構えていた。さすがの彼女も気持ち悪さを抑えられなかったのか三人組の背に隠れて何やらわちゃわちゃやっていた。
「ちょっと、みんなどこ言ったの!?」
「知らねーよ!」
「うわぁ、何食べたらこんなに大きくなれんだろう」
「ばか!グリーン、そんなこと行ってる場合じゃねぇだろ!」
既に全速力で逃走中。走りながらも言い合うFirst nameとイエロー。呑気に後ろ向きになりながら走るグリーンの襟首をレッドが引っ張る。アイは付いて行くのに必死、必死。一年前に比べれば、だいぶ体力も付いてきたものの白ひげのクルーたちとなんて比べられないほど一般人並だった。
「大丈夫か?」
「え、あ、は、は、はい」
「大丈夫じゃねぇな」
「へ、ひゃっ!」
寄って来たレッドに息も絶え絶えになりながら答える。正直、今話しかけるんじゃねぇよと思った。しかし、レッドもアイの体力の限界を察したのか苦笑しながら、あたかも当たり前のようにアイを抱き上げた。
「ずるい!」
ぽかんとしていたら、すかさず彼女の劇が飛ぶ。
「ずるい!ずるいずるいずるいずるい!」
「馬鹿、アイをお前と一緒にするな」
「何それ、私も一般人!」
「元な」
クールに言うレッドにアイはちょっぴり浮気心が擽られた。きっとマルコがいなかったら、この人に惚れていたに違いない。
「何それ。アイちゃん、いつまでか弱いごっこしてんのさ。海賊だろーが」
「First nameは海賊の戦闘員、アイは海賊の寵姫ってな!」
げらげら笑い飛ばしながら言ったイエローの冗談はどうやら彼女にとっては笑えない冗談だったようだ。彼女の瞳が一瞬、真っ暗になったのをアイは見逃さなかった。
「イエロー、まじうざ」
「イエロー、うざいだって」
次の瞬間にはいつも通りの言い合いが再開した。アイは彼女の瞳から目が離せないでいた。
彼女の闇は自分よりも深いのだろうか。どうして、彼女は迷い子になったのだろうか。アイは彼女について自分は本当に何も知らないのだなと溜息を零した。[ 297/350 ][*prev] [next#]
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