01
見えた鯨。一層膨らむ不安と一緒に何かが込み上げてきた。
「あぁ、懐かしいな。きっと皆変わってないんだろうな」
どうしよう、怖くて仕方が無い。もう、向こうの航海士は私のこと見つけたかな。見つけたよね、きっと。今更引き返せないよね。決めたじゃん。帰ろうって。ただいまって言おうって。
「怖がるな。自分の家に帰るだけだろ?」
そう言い聞かせても震える体を止める術はなかった。
「僕くん、弱虫な私のそばにいてね」
瞼を閉じて、お腹の子にそっとお願いした。微かに膨らみかけたお腹はもう私の大切な一部だった。
「ただいま」
先ほどまで陽気な声が飛び交っていたというのに、今やお化けが通ったみたいに静まり返っていた。別に覇気も出してないのだけれど。
ところどころから私の名が溢れる声も聞こえるが、中には「誰だ?」と首を傾げる者もいた。見かけない顔も増えたようだ。当たり前か、何だかんだ一年以上船を離れていたのだから。
「ねぇ、白ひげは?甲板にいないね」
「お、お前誰だよ!」
おっと、新人かな?なかなか粋が良いじゃないか。
「First nameだよ。ねぇ、白ひげは?君どこの隊?可愛いね。お姉さんと今夜良いことしない?」
「んな!」
「久しぶりに帰ってきて早々、何言ってだよい」
「あ、マルコ」
「マルコ隊長だよい。こんの家出娘が」
「はは、ただいま」
「……親父は中にいるよい」
踵を返したマルコの背をしばらく眺め、ゆっくりと後に着いて行った。
おかえりとは言ってくれないらしい。
「あほんだらぁ、呑みてぇもんを呑んで悪いわけねぇだろうが」
その姿に顔を歪ませた。
「あはは。白ひげ、あまりナースを困らしちゃだめじゃないですか」
「First name!?」
ナースの一人が私の名を驚いたように叫んだ。マリアだ。また一段と素敵なオッパイになりやがって。
「お前ら下がれ」
白ひげの命令にマルコまでも下がり、私と白ひげ、二人だけの空間になった。
「……」
「白ひげ、あの」
「あほんだらぁ」
「え」
白ひげの瞳には雫が溜まっていた。
「心配かけやがって、この馬鹿娘が」
「……ッ」
あぁ、まだ私を娘だと呼んでくださるのですね。白ひげ、白ひげ、白ひげ。
「ただいま、戻りました!」
「よく戻った、我が娘よ」
勢い良く抱き付いたのは言うまでもない。[ 281/350 ][*prev] [next#]
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