09
ラジオから流れてくるビビの演説。あぁ、このシーン人気だったよななんて思いながら腰を上げた。
「もう、行くのかい?」
「はい、お世話になりました」
「気をつけていってらっしゃい」
「はい……いってきます」
店長のもとで匿ってもらった私はいよいよアラバスタ旅立ちの日がきた。
「さて、行こっか」
見上げた空は涙色の晴天。
東の港タマリクス沖。羊の船が一隻、賑やかな声が空まで届いた。
「私には行く当ても帰る場所もないの。だからこの船において」
「何だ、そうか。そらしょうがねえな。いいぞ」
「ルフィ!」
「心配すんなって!こいつは悪い奴じゃねぇから!」
にしししと歯を見せて笑うその顔は曇り一つなくて、あぁ、主人公の鑑だなと思った。
「ねぇ、じゃあ私は?」
私は悪い奴ですか?問い掛けてみたくて、つい船に下りてしまった。まぁ、最初から挨拶をするつもりで来たんだけど。
「お前!」
「あれ?その反応は、私は悪い奴?」
噛み付くような顔をしたルフィにけらけら笑いながら言えば、どうやらそんな雰囲気ではないようなので顔を引き締めた。
「ミス・オールサンデー、傷は大丈夫ですか?」
「えぇ、風使いさん、大丈夫よ」
「良かった」
安堵した。彼が彼女に与えた傷はきっと深かっただろうから。彼が彼女に情けを与えるとは思えない。
「風使いさん、これからあなた……」
「てめぇ、どういうつもりで来た?」
ロビンの言葉を遮るようにゾロの刀の刃先が首元に当てられた。
「ゾロ!やめろ!」
「ゾロ、てめぇ!レディに向かって何しやがる!」
ルフィが止め、サンジはサンジらしい反応。意外だったのはチョッパーだ。
「ゾロ!駄目だよ!」
「うおっと」
大きくなったチョッパーがゾロから私を引き離した。うわっ、もふもふだー。
「おいおい、チョッパー。どうしたんだよ?そいつはクロコダイルといた奴だぜ?」
「ウソップ、分かってるよ。それでも、First nameに手を出しちゃだめだ」
頑なに私を守ろうとするチョッパーに皆首を傾げた。ロビンだけが冷静にそれを見ていた。
「First nameは……First nameのお腹の中には赤ちゃんかいるんだ!」
「……え、えぇええええ!?」
大海原に轟くように響き渡った。こら、チョッパー。バラすでない。内心ツッコミつつも、バレる瞬間てやっぱり面白いと思わずニヤついてしまった。
「ま、まじかよ!」
驚愕するウソップが、じろじろと私のお腹を見る。
「すげぇ!すげぇな!」
今にも飛びついてきそうなルフィに危険を察知し、私はチョッパーの背に隠れた。
「赤ちゃんて、まさか……」
ナミが察したように手で口元を覆った。
「さて、私のことはもう終わり。てか、君たち分かってる?」
私の言葉に一同きょとんだ。まったく、呑気な奴らだ。
「私は、君たちを殺しにきたんだよ?」
一瞬にして空気が凍った。一同、その場を動かず目を見張っている。いや、動くことができないのかもしれない。
「何言ってんだ、おめぇ」
「ちょっ、ルフィ!」
一人呑気な声を上げたルフィにナミが慌てたように声を張る。
「おめぇが俺たちを殺すわけねぇよ」
「何故?」
「お前からそんな気がこれっぽっちも感じられないからな」
さすが、D。
「あはは、正解。冗談だよ。……でも、今回の戦いで皆が皆、笑ってるとは思わないで。良いことしたなんて思わないで。私は……泣いた」
泣いた。泣いて泣いて、あれ?私、どうやって笑ってたっけって、一瞬、笑うのを忘れちゃうぐらいに。
「でも、それも終わり。もう次の物語は始まってるもの」
悲しいぐらい、時間が進むのが早い現実。どうしよう、心がついていかない。
「じゃっ、さらば弟の弟よ」
「First name!」
「やだ、ミス・オールサンデー。今更、名前なんか呼ばないでよ」
「……」
「大丈夫、私は独りじゃないから。ねぇ、ミス・オールサンデー。私は結構好きだったよ。三人でお茶会するの。でも、あなたの居場所はきっとここだから。皆を信じて。こんどこそ、あなたは自由だから」
物語は止まってくれない。むしろ、加速するばかり。さぁ、新たな冒険の始まりだ。[ 279/350 ][*prev] [next#]
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